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大田の地形と地質

■ジオ・サイト石見大田

 島根県大田市は、世界遺産「石見銀山遺跡とその文化的景観」がある町です。この町は、総面積431km2の範囲中に、世界的な銀鉱山である石見銀山や、日本海が形成された時代の変化に富んだ地層とそれに関連する鉱山、中国地方で最も新しい火山である三瓶山とその噴火で形成された世界最大級の埋没林、石見瓦などの原料となる陶土層、全国屈指の鳴り砂海岸・琴ヶ浜など、さまざまな地質的な事象が存在しています。そのいくつかは産業として利用され、地域の経済的基盤として一時代を支えたものもあり、あたかも「野外博物館(Open Air Museum)」のような地域です。

ジオサイト石見大田イメージ

日本海形成から縄文時代の巨木の森、鳴り砂まで

 大田地域の地質は、古第三紀の花崗岩類を基盤として、その上に新第三紀中新世(2650万〜650万年前)の火山岩類と堆積岩類が不整合で重なっています。
中期中新世は、日本海が拡大し、日本列島が形成されたグリーンタフ変動の時代です。大田地域には、おもにこの時代の地層が広く分布し、拡大しつつあった日本海海底で生じた火山活動の典型的な噴出物を見ることができます。また、海底火山活動に伴って形成された黒鉱鉱床が複数存在しています。

 中新世の地層の上位には、新第三紀鮮新世(650万〜160万年前)から第四紀更新世(160万〜1万年前)の堆積岩類と大江高山火山噴出物が不整合で重なります。
更新世の堆積岩類は、都野津層群と呼ばれる海成〜非海成の地層です。陶土に適した粘土層を伴い、当地ではこれを利用した窯業が古くから行われてきました。
大江高山火山は大江高山(808m)を最高峰とする火山(群)で、その一角にある仙ノ山(537m)は石見銀山の鉱床を胚胎しています。

 大田市南東部に位置する三瓶山は、約10万年前から約4000年前まで活動した火山です。中国地方で最も活動時期が新しく、活火山に指定されています。直径5kmのカルデラ内に形成された溶岩円頂丘群が美しい山容を構成し、広い草原と山腹の自然林を有する環境には多様な生物が生息しています。
三瓶山の北麓には、約4000年前の活動によって埋没した三瓶小豆原埋没林があります。縄文時代の森林環境を示す極めて貴重な資料であり、幹を残した巨木が多数立ち並ぶ点においては、世界でも最大級の規模を誇ります。

 大田市西部には入り組んだリアス式海岸が発達し、大田市仁摩町の靹ヶ浦湾と大田市温泉津町の沖泊湾は、石見銀山の銀の積み出し港として利用されました。
リアス式海岸が続く一角にある琴ヶ浜は、石英質の砂からなる砂浜で、全国でも数少ない鳴り砂海岸のひとつです。


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主なジオ・サイト

波根西の珪化木

波根西の珪化木

大田市久手町波根西の机島海岸には、大型の珪化木(樹木化石)があります。
海岸の海食崖から海底に向かって斜めに連続する珪化木は直径約1m、長さは10mを超えると推定されます。この他に、周辺の海中にも多数の珪化木があり、海岸一帯を含めて「波根西の珪化木」の名称で国の天然記念物に指定されています。
この珪化木は約1500万年前の地層に含まれています。この地層は、陸上で生じた火山活動の影響で発生した土石流の堆積物で、溶岩礫と軽石礫を多く含んでいます。珪化木の樹木は土石流に巻き込まれて海岸付近に堆積したと推定されます。
地層中に埋もれた樹木は、付近で生じた熱水活動の影響を受け、熱水中に含まれる二酸化ケイ素と樹木の成分が置き換わることで、全体がメノウ化しています。
近くの久手港の建設工事の際になどには、海底から大小多数の珪化木が引き上げられ、そのいくつかは久手小学校の校庭に展示されています。

【関連ページ】波根西の珪化木


仁万の珪化木と緑色凝灰岩の岩脈

仁万の珪化木

大田市仁摩町仁万の海岸に大型の珪化木が2個体露出しており、島根県の天然記念物に指定されています。
珪化木は、約1700万年前の凝灰岩層に含まれます。付近の凝灰岩層は、塊状部や成層部が混在しており、岩脈やノジュールが点在し、変化に富んだ岩相が観察できます。
珪化木の周辺では、鮮やかな緑色の凝灰岩が観察でき、白色凝灰岩を貫く緑色凝灰岩のマッドダイク(泥岩脈)もみられます。
また、珪化木から海岸を東へ進むと、メノウと方解石の細い脈石が幾条も観察できます。

【関連ページ】仁万の珪化木


福光石石切場

福光石石切場

大田市温泉津町福光に分布する軽石質火山礫凝灰岩は、福光石と呼ばれ、石材として古くから活用されています。
約1700万年前の海底火山噴出物で、典型的なグリーンタフのひとつです。
採石は16世紀には行われており、現在は地下採掘が行われています。
福光石は近隣地の建材や灯籠、墓石等の石製品に多く利用され、石見銀山の羅漢寺石窟に納められている「五百羅漢像」もこの石が使われています。また、ある程度広い範囲にも流通しており、島根県内の寺社などで福光石製の石製品が見られます。
大田地域の自然史を象徴する岩石のひとつであるとともに、石見銀山をはじめ、当地付近における人々の生活にも深く関わりがある岩石です。

【関連ページ】福光石


波根の立神岩

波根の立神岩

ほぼ垂直に高く切り立つ立神岩と、その先を鋭利な刃物で切断したかのような立神島は、その岩肌に濃淡が明瞭な地層が露出し、国道9号線からもその印象的な景色を見ることができます。
この岩を構成する地層は、約1500万年前の堆積岩類で、礫岩、凝灰質砂岩〜凝灰岩が重なり合い、暗色に見える部分は礫岩、明色の部分は凝灰質砂岩〜凝灰岩です。
比較的近い陸上で生じた火山活動の影響を受けながら、河口に近い海岸に堆積した地層と推定できます。

【関連ページ】立神岩


猛鬼海岸の柱状節理

猛鬼海岸の柱状節理

大田市五十猛町の猛鬼海岸では、安山岩溶岩に顕著に発達する柱状節理を見ることができます。
柱状節理は、溶岩が冷却する過程で収縮し、引っ張られる力が均等にかかることによって岩体に割れ目が発達したもので、縦方向の断面では柱状、横方向の断面では亀甲状の割れ目が見られます。
猛鬼海岸では、海食台に大型の亀甲状の断面が見られ、その上方に連続する海食崖に柱状の節理を見ることができます。
柱状節理が発達する溶岩は上下2枚あり、節理の方向が少し異なることから、沖にある猛鬼島の崖には魚の背骨を思わせる構造が見られます。

【関連ページ】五十猛猛鬼海岸の柱状節理


鬼村の鬼岩と鬼村鉱山

鬼村の鬼岩と鬼村鉱山

鬼岩は、大田市大屋町鬼村にぽつんとそびえる巨石で、頂部の幅が広くきのこを連想させる形と、その側面に並ぶ穴が特徴的です。
穴は風食作用によって生じたもので、凝灰岩であるこの岩体に含まれる塩類が風化作用に影響したと考えられています。
鬼村には、鬼にまつわる伝説があり、鬼岩の穴は鬼の指の跡とされます。
鬼村の近くには石こうを産出した鬼村鉱山があり、全国屈指の石こう産地であった大田市の主力鉱山として明治時代から昭和42年まで操業されました。
鬼村鉱山は大田市に点在する黒鉱鉱床のひとつで、黒鉱周辺の石こう鉱体を採掘したものです。

【関連ページ】鬼村の鬼岩鬼村鉱山について


仁万の龍岩と石見城跡

仁万の龍岩と石見城跡

大田市仁摩町の仁万駅付近から石見銀山の大森町へ向かう県道31号線の途中にそびえる岩山は龍巌山の名があり、むき出しの巨岩は龍岩と呼ばれます。
龍岩は中期中新世の火山活動によって噴出された流紋岩溶岩が浸食されて露出したもので、岩肌にはほぼ垂直な流理構造が明瞭に発達しています。
16世紀、龍巌山の山頂には、石見銀山と港をつなぐ街道筋を防御するための石見城が置かれ、城跡は世界遺産のコアゾーンに含まれています。

【関連ページ】仁万の龍岩(龍巌山)


静之窟

静之窟

大田市静間町の垂水海岸にある海食洞です。礫岩、砂岩が断層などによって複雑に入り組んだ岩体に2つの洞窟が開口し、内部は連結して広い空間になっています。
静之窟が開口する地層は、大森層は松江市南部から大田市にかけて分布する大森層(新第三紀中新世中期)です。当地付近では岩相が複雑に変化しており、変動に伴って形成された地層の様相を良く示しています。
静之窟は出雲の国造り神話に関連する伝承地で、古くから地域の信仰の対象になっています。

【関連ページ】静之窟


仁摩温泉津海岸の海底火山噴出物

温泉津海岸

大田市仁摩町馬路付近から大田市温泉津町の海岸部には、日本海形成期の海底火山活動によって堆積した凝灰岩が広く分布しています。
この凝灰岩はしばしば緑色を帯びており、北海道から島根県までの日本海側を中心に分布する「グリーンタフ」のグループに属すものです。
グリーンタフは、日本海と日本列島形成の地史を物語る重要な地層であると同時に、その分布域は、金属、非金属の鉱物資源に富みます。当地は、グリーンタフの分布西限地にあたります。
当地は、リアス式海岸が発達しており、仁摩町の靹ヶ浦湾と温泉津町の沖泊湾は16世紀に石見銀山の銀を積み出した港として使われました。その海岸には、凝灰岩をくりぬいて作った係留柱などの遺構が残されています。

【関連ページ】温泉津海岸のしゅう曲 温泉津港湾付近の地形・地質と景観


石見銀山・仙ノ山と福石鉱床

石見銀山・仙ノ山と福石鉱床

石見銀山は16世紀に本格的な開発が始まると、製錬技術「灰吹法」を他鉱山に先駆けて導入し、銀の量産に成功した鉱山です。
その産銀量は当時としては世界屈指の量を誇り、朝鮮や中国との交易に使われ、東アジア経済に活況をもたらすとともに、ヨーロッパとの交易の引き金となりました。
鉱山としての中心は仙ノ山(標高537m)で、その山体に2つの鉱床を有します。福石鉱床は山頂付近から東麓にかけて存在する鉱床で、石見銀山の最盛期を支えました。
仙ノ山東麓の本谷地区には、採掘跡や建物跡の遺構が良好に残っており、最盛期の様相を物語ります。

【関連ページ】石見銀山の自然史


石見銀山・龍源寺間歩と永久鉱床

石見銀山・龍源寺間歩と永久鉱床

龍源寺間歩は仙ノ山の西麓にあり、石見銀山で常時公開されている唯一の坑道です。
江戸時代に開発された水平坑道で、全長600mに達します。坑道奥部にある主力鉱脈までほぼ一直線に掘られ、作業坑道と水抜き坑を兼ねた構造です。
龍源寺間歩は仙ノ山の西麓を中心に存在する永久鉱床を開発したものです。永久鉱床は含銀銅鉱床で、17世紀中頃から後の石見銀山は、銅の産出量が銀よりも多い鉱山でした。


水上の陶土層と窯業

水上の都野津層群と窯業

大田市南西部の水上地区には、第四紀更新世の堆積層が厚く分布しています。この地層は水上層と呼ばれ、島根県西部に広く分布する都野津層群に含まれます。
この地層は、礫層、砂層、泥(粘土)層が重なり、泥(粘土)層部は陶土として瓦を中心とする窯業に利用されます。
当地の陶土は耐火度が高く、高温で焼成された瓦は耐久性に優れています。水上地区には窯業所が集中し、石州瓦の名称で出荷されています。


三瓶火山のカルデラ地形と溶岩円頂丘群

三瓶火山のカルデラ地形と溶岩円頂丘群

三瓶火山は約10万年前から約4000年前までの間に7回の活動期が知られている火山です。
約1万6000年前より古い時期の活動では、多量の火砕物を放出する爆発的な大噴火を伴い、直径約5kmのカルデラ地形を形成しています。
カルデラは、形成以降の噴出物によってほぼ埋没していますが、地形的には現山体を取り囲む緩斜面の範囲として比較的明瞭に判別できます。
そのカルデラ内に、男三瓶山(1126m)、子三瓶山(961m)、女三瓶山(958m)、孫三瓶山(903m)、日影山(697m)などの溶岩円頂丘が、爆裂火口の「室ノ内」を囲んで環状に配列しています。
溶岩円頂丘が並び、その山すその緩斜面に草原が広がり牛が放牧されている牧歌的な風景は、島根県を代表する自然景観のひとつです。

【関連ページ】三瓶山


三瓶火山の大火砕流堆積層

三瓶火山の大火砕流堆積層

三瓶火山の第2活動期(約7万年前)には、大規模な軽石噴火を行い、大火砕流を発生させました。
その噴出物は「三瓶大田軽石流堆積物」と呼ばれ、三瓶山麓から大田市街の各所に厚く分布しています。
三瓶山から直線距離で10km以上離れた大田市駅周辺や大田市運動公園周辺では、この噴出物が露出した崖が幾つもあり、露出部分だけでもその厚さは10mを超えます。
また、三瓶山南麓の江の川流域や、東麓の神戸川流域にも同じ火砕流堆積物が厚く分布している場所があり、出雲市佐田町には、この火砕流に先行する降下火山灰で埋没した横見埋没林があります。


三瓶小豆原埋没林

三瓶小豆原埋没林

三瓶小豆原埋没林は、三瓶火山の第7活動期(約4000年前)に、噴出物によって埋没した森林で、高さ10mを超える幹が多数残存していることが特徴です。
現地には、発掘状態で公開する展示施設「三瓶小豆原埋没林公園」が設けられています。
森林を構成する樹木はスギが中心で、大きなものは胸高直径2mを超えます。現在の森林とは様相がかなり異なることがわかり、人の手が加わる前の原始の森の姿を伝える自然遺産として貴重です。
この埋没林は、山体崩壊にともなう大規模な土石流が流下した谷に合流する枝谷にあります。土石流堆積物が合流部をせき止め、さらに谷を逆流して埋没林の地点まで達しています。合流部がせき止められたことで、谷は土砂ダム状態になり、そこに流れ込んだ水によって堆積した火山灰が森林を深く埋没して、長大な幹を残す埋没林が形成されました。

【関連ページ】三瓶小豆原埋没林


琴ヶ浜海岸の鳴り砂

琴ヶ浜の鳴り砂

大田市仁摩町の琴ヶ浜は、乾いた砂の上を歩くと明瞭な音を発する鳴り砂です。
その砂は、大部分が粒径が良く揃った石英粒で構成されています。砂が音を発するメカニズムは完全に解明はされていませんが、砂粒がこすれ、ぶつかり合う際の振動と、砂粒間の空気の共振が関係しているようです。
鳴り砂の条件として、粒径が揃った石英粒であることの他に、河川や沿岸流によって新しい土砂の供給が少ないことや砂粒に汚れ(粘土、有機物)が付着していないことがあります。
全国的は鳴り砂海岸は減少しており、琴ヶ浜は全国的に貴重な存在です。
琴ヶ浜は、地区の盆踊りや運動会の会場としても利用され、地域の生活に密着していることも大きな特徴と言えます。


→コラム「ジオ・サイト石見大田」

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