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大田の地形と地質

地層観察の手引き

■3.三瓶小豆原埋没林と原始の森

1)原始の森の意義

 三瓶小豆原埋没林は、約4000年前の森が、火山噴火によって地中に埋もれたもので、いわば森林の化石である。樹木が原位置のままに立ち、古土壌(*1)には林床の落ち葉や種子、昆虫化石(*2)までも原位置に残り、原始の森の環境がほぼそのまま保存されている。現在の日本列島の森林は、その大半が人の手が加わった二次林(*3)や人工林で、自然状態の森は極めて少ない。人の手が加わらない条件での植生である。三瓶小豆原埋没林は、過去の森林環境を現代に伝える資料として極めて貴重な存在である。埋没樹木は直径1mを超える大径木が多く、残存する幹高が12mを超えるものもある。幹まで残る埋没林は極めて珍しく、その大きさも世界的に例が少ない。

 過去の生態系や環境を知ることは、現在を理解し、将来の変化を予測するために欠かせない作業である。過去の生物の情報は化石から得ることができる。化石の中で、生息環境でそのまま埋もれたものは「現地性化石」と呼ばれ、古環境を推定したり、その生物の生態を知る上で重要な資料となる。化石には水流などに運搬されて地層中に取り込まれたものが多く、現地性化石は貴重である。とりわけ、埋没林のようにその場の生態系がそのまま化石になったものは重要度が高い。

 三瓶小豆原埋没林は、縄文時代の三瓶山北麓にスギを中心とする林が存在したことを証明した。現在、中国山地に自生のスギ林はほとんど存在せず、高所に断片的に自生のものがみられるにすぎない。約4000年前と現在は、気候的にはそれほど大きな違いはなく、植生の違いを生んだのは主に人の手による開発の影響である。特に、近世に製鉄(*4)が盛んに行われた中国山地は山林開発が進み、原始的な植生はほとんど残存していない。その失われた植生を示すのが三瓶小豆原埋没林であり、現在も自然状態で長時間かけて森林が形成されると、類似の環境にはスギ林が成立する可能性が高い。


三瓶小豆原埋没林の出土樹種構成(立木・流木)

図3-1 三瓶小豆原埋没林の出土樹種構成(立木・流木)


*1 古土壌:地層中に埋もれた過去の土壌を古土壌と呼ぶ。三瓶小豆原埋没林では古土壌が完全な形で残っている。

*2 昆虫化石:三瓶小豆原埋没林の古土壌からは多数の昆虫化石が出土する。オオスジコガネなど、針葉樹林に多い甲虫のほか、糞虫の仲間が多い。落ち葉の下に集まったアリがそのまま出土した例もある。

*3 二次林:人為的な伐採の後に形成された森林。

*4 製鉄:近世の中国山地は全国一の製鉄地帯だった。たたら製鉄では多量の炭を使うため、中国山地の森林の大部分は薪炭林として利用された。


2)原始の森の姿

 三瓶小豆原埋没林の出土樹木は、スギが過半数を占め、特に大径木では圧倒的にスギの割合が高い。当時、埋没林付近の谷筋には、スギを主体とする極相林が分布していたことを示している。出土したスギは直径1mを超える大径木が多く、立木は出土状況から平均10m前後の間隔で立ち並んでいたとみられる。大きなものでは胸高付近の直径が2mを優に超え、現生の同等の太さのスギから推定すると、埋没林のスギの多くは樹高40〜50m(*1)に達していたとみられる。これほどの巨木が比較的近い間隔で生育することから、林内はかなり暗い環境だったはずである。このような森林では、他の樹木が侵入することが難しいため、比較的暗い場所で生育できる「陰樹」が圧倒的に優先し、変化が小さい状態が続く。この状態の森林が極相林である。

 三瓶小豆原埋没林で年輪が計数できた立木は3本ある。いずれもスギで、年輪数が多いものから636本、443本、約400本の順で、この森の形成には少なくとも600年以上かかっている。埋没林の古土壌の花粉分析によると、タンポポなどの草本類が生える草地から、スギ林に変化した過程が推定されている。

 流木も含めた樹種鑑定151点の結果では、スギに次いで多いのはカシ類とトチノキである。島根県内で行われた地層の花粉分析からは、縄文時代前期以降は、海岸に近い丘陵地帯はカシやシイを主体とする照葉樹林(*2)が広がり、谷筋にはスギが多かったと推定されている。三瓶小豆原埋没林の出土樹種はその傾向に近い。ただし、流木は土石流に運ばれたもので、谷筋に生えていたものが中心となるため、ここで判明した樹種構成は、基本的には谷筋の植生(*3)を反映していると考えられる。

 埋没林の古土壌には、サルナシやキイチゴなどの低木の種子が多数含まれている。枝や葉は見つかっておらず、種子は動物の糞に含まれるなどして運搬されたものと推定される。コケの葉は多数みつかるため、林内は暗く、低木や草本類が繁茂することはほとんどできない環境だったと考えられる。


発掘調査で確認された埋没樹(立木)の位置

図3-2 発掘調査で確認された埋没樹(立木)の位置

*1 樹高40〜50m:由来八幡宮(飯南町)のスギが幹周7.6m、樹高42m。埋没林の大きなものはこれに匹敵または上回る幹周を有する。

*2 照葉樹林:カシ、シイ、タブノキなど常緑の広葉樹からなる森林。社寺林にみられることがある。

*3 谷筋の植生:スギは谷筋の湿度が高い環境を好む樹種で、カシやシイなどはそれに比べると乾燥した環境を好む。


3)埋没林の発見

 三瓶小豆原埋没林の発見は、高校教員だった松井整司氏の功績によるところが大きい。松井氏は大田高校勤務時代に三瓶火山の研究を始め、主要な火山灰の分布と火山活動史を解明した。埋没林との関わりは1990年頃に、小豆原地区で行われた水田工事の際に出現した立木の写真を目にしたことから始まった。

 1983年にほ場整備工事が行われた時、地表下1〜2m(*1)に直立する立木の頭が現れた。工事業者が立木を撤去するために周囲を掘り下げたところ、5m前後まで掘っても幹がまだ続いていた。松井氏は、その時に撮影された写真を目にして、三瓶火山の活動と関係して形成された大規模な埋没林が存在することを予測、独自に調査を行った。ボーリング調査等の結果から、小豆原の谷が火山灰に埋もれており、その下に古土壌と見られる有機質の泥層が存在することが分かり、10mを超える幹を有する埋没林が存在する可能性が高くなった。松井氏の調査結果を受け、島根県が三瓶自然館の拡充整備事業の一環として発掘調査を行ったところ、1998年秋に複数の立木を確認、年代測定の結果、縄文時代後期に埋没したものと判明した。これにより、世界でも例を見ない(*2)規模の三瓶小豆原埋没林が発見された。

 三瓶火山の活動に関係する埋没林は、小豆原地区以外にも存在する。同時期のものでは、神戸川下流の三田谷I遺跡(出雲市)で広葉樹を中心とする埋没林が確認されている。大田市川合町の静間川河床、大田市大田町の三瓶川河床にも数本の立木が存在し、周辺の地下に埋没林が存在するとみられる。三瓶山麓には断片的に存在する埋没立木もいくつかある。倒木として埋もれているものは数多く、工事や洪水による浸食によって出現した例が多くある。古い活動期のものでは、約7万年前の第2活動期で埋没した横見埋没林(出雲市佐田町)がある。


松井整司氏が独自の調査結果に基づいて、埋没林発見時に作成した埋没状況のイメージ図

図3-3 松井整司氏が独自の調査結果に基づいて、埋没林発見時に作成した埋没状況のイメージ図


*1 地表下1〜2m:三瓶小豆原埋没林の立木の頂部は、地表下1〜2mの高さにあり、これは地下水面の高さを反映している。地下水面より深い部分は朽ちずに残り、地下水面より高い部分は朽ちて失われ、どの立木もほぼ同じ深さに頂部がある。

*2 世界でも例を見ない:三瓶小豆原埋没林のように幹を残した埋没林は極めて例が少なく、これほど大きな規模のものは世界的にも報告例がない。


4)縄文時代の気候と植生変化

 縄文時代は、最終氷期(*1)の最寒冷期(2万〜1万6000年前)から温暖期に向かう時期に始まり、気候最適期と呼ばれる7000〜6000年前の温暖期を経て、水稲稲作が日本に広く伝播した2500年前頃まで続く時代区分である。約1万年間に及ぶ時代で、その間に気候の変化に伴って植生や海岸地形が大きく変化してきた。

 島根県では、花粉分析(*2)により縄文時代から現代に至る植生変化の歴史の解明が進んでいる。特に、宍道湖の湖底には過去1万数千年間溜まり続けている泥の地層があり、そこには水や風によって周辺から運ばれた花粉が含まれており、その組成から植生変化が連続的に追跡できる。これによると、9000年前頃から7500万年前頃にかけての時期には、冷温帯の気候に多いブナやツガが多く、現在の中国地方では標高1000m前後の高地に分布する樹木が優先していた。その森は7500年前頃を境にカシ・シイを主体とする暖温帯型の照葉樹林に代わっていった。照葉樹林帯に分布する落葉広葉樹のナラ類も同時期に多く、その傾向は500年前頃まで継続する。三瓶小豆原埋没林のスギ林が生育していた4000年前頃は、暖温帯型の植生が分布していたと推定できる。

 宍道湖の花粉分析では、最終氷期以降の全段階を通じて、スギの出現が少ない。しかし、石見地方の堆積物ではスギが縄文時代に圧倒的に多く分布することがあり、成育に適した環境にはスギ林が存在していたと推定される。

松井整司氏が独自の調査結果に基づいて、埋没林発見時に作成した埋没状況のイメージ図

図3-4 宍道湖湖心SB1コアの花粉分析結果
(大西郁夫・干場英樹・中谷紀子(1990)宍道湖湖底下完新統の花粉群.島根大学地質学研究報告,9,117-127.より引用、加筆)


*1 最終氷期:約10万年前に始まり、。1万1000年前に終了した氷期。最寒冷期には、中緯度地方の平均気温は現在より5℃程度低かったと推定されている。

*2 花粉分析:花粉は丈夫な殻を持ち、泥質の堆積物中にしばしば含まれている。その花粉の量比から植生復元を行ったり、過去の気候解析にも有用である。


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