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大田の地形と地質

地層観察の手引き

■大田の地層観察の手引き

波根港の崖の観察

波根港脇の海食崖には明瞭な地層が露出しています。大田市では地層の重なりが最も明瞭な場所で、遠くからも見えるので、観察には最適な場所です。


【場所】
波根港までJR波根駅から東へ徒歩10分。全体の様子は、波根海水浴場付近からよく見えます。


【注意点】
崖の真下の海岸には行くことはできません。防波堤に上がると間近で見ることは出来ますが、高さがあるので危険を伴います。
少し離れた場所からでも十分観察できるので、無理せず全体の様子を眺めるようにして下さい。


波根海岸の地層遠景

波根港の西波戸からみた崖の全景。


1.観察のポイント


(1)茶色の層と白い層が重なっています。それぞれの層にどのような特徴があるでしょう。


(2)地層は水平か、傾いているか観察してみましょう。


(3)レキ岩層のレキの形、大きさを観察してみましょう。


(4)崖の先に立神島があります。この地形ができた理由を想像してみましょう。


2.解説


(1)茶色の層はレキが堆積して出来た層。白い層は遠くからは見えない小さな粒で出来ています。白い層は砂の層です。火山灰を多く含んでいる部分もあります。それぞれの層の厚さは一定ではなく、途切れたり膨らんだりしていることがわかります。
この地層は、川の河口付近に堆積した地層です。実際の川をイメージしてみましょう。川原にはレキがたまっていたり砂がたまっていたり、場所によって粒の大きさが異なります。この地層の出来かたも同じです。流れの強さによって堆積する粒の大きさが変化したのです。


(2)地層は海の方へ緩く傾いています。レキや砂が堆積した時は地層はほとんど水平でした。しかし、土地が盛り上がった時に地盤が傾き、現在のようになりました。


(3)レキ岩層のレキは、直径20センチ以上の大きなものが中心です。形は少し角が取れて丸みを帯びています。形からは、このレキが水の流れに運ばれたことが推定できます。かなり大きなレキが中心であることは、この堆積物を運んだ水流が大きかったことを物語っています。レキの層は川が氾濫するような強い流れによって運ばれた石が堆積した地層です。


(4)立神島は、まるで崖の一部をナイフで切り取ったようです。崖と島の間にはもともと断層があったと考えられます。断層は岩盤がずれた傷跡なので、断層の部分はもろく崩れやすくなっています。崖に波が打ち寄せているうちに、断層の部分が先に削り取られ、「切り通し」のような地形が出来たのです。


波根海岸の地層近景

レキ岩層と砂岩層の境界部分の様子。レキは大半が丸みを帯びている。


波根海岸の地層近景

崖のすそ部に見られる砂岩層。流れによって磁鉄鉱(砂鉄)などの重い粒とその他の粒が分けられて出来た縞模様が見える。


*参考


波根海岸の地層は、1500〜1800万年前に海岸付近で堆積して出来た地層です。この時代は、地質時代では「新生代新第三紀中新世」という時代です。中新世は2600万年前から560万年前までの期間で、日本列島が大陸から切り離され、日本海が拡大する大きな地殻変動がありました。波根海岸の地層は、その地殻変動の途中でできたものです。


大田市の海岸部には、この時代の地層が分布しています。仁摩、温泉津側には少し古い1800〜2000万年前の地層があります。地層は堆積した時期と分布範囲によって名称がつけられていて、波根海岸の地層は「大森層」という名前の地層の一部です。この「大森」は松江市宍道町の大森で、そこで見られる地層が典型的なものとされています。


大田海岸の地層は、場所が少し離れると様子が全く違ってしまい、地層の広がりがよくわかりません。この地域を調査した研究者たちは、あまりにも地層が入り乱れて“がちゃがちゃ”なので、「大森のがちゃ」と呼んで、細かく調べることが出来ない地層としていたそうです。変動の時代の地層なので、火山の噴火や断層を伴う構造運動でかき乱されてこのような地層になっており、今でも専門家泣かせの地層です。

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