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大田の地形と地質

地層観察の手引き

■大田の地層観察の手引き

大田町内の地層の観察

大田市街は地層の観察には少し不向きですが、三瓶火山の火山灰の地層が至るところにあり、火山噴火と土地の成り立ちの関係を学ぶことができます。また、平野部はボーリング資料の観察を併用すると、土砂が堆積して大地が形成される様子を理解しやすくなります。


【場所】
大田天満宮、西楽寺付近。大田小学校から徒歩10分。


【注意点】
道路脇の狭い場所で、観察条件は良くありません。


三瓶山の遠景

大田市街から見た三瓶山。三瓶火山の噴出物が大田の大地のかなりの部分を作っている。


1.観察のポイント


(1)近い場所に全く時代が違う地層(岩石)があります。


(2)火山灰の地層に含まれているレキの形に注目してみましょう。


(3)西楽寺脇の火山灰層と同じ地層が、大田市内の他の場所でもみられることに注意しましょう。


(4)大田市街の地面の下にある地層の様子をイメージしてみましょう。


2.解説


(1)大田天満宮の前にある柿本神社は岩山の上にあります。この岩山は、1800万年以上前の岩石(流紋岩)でできています。地層のように見える筋がありますが、溶岩が冷えて固まる時にできた「節理」と呼ばれる割れ目で、砂や泥がたまってできた層ではありません。
この時代の岩石は、大田市街周辺の山を作っています。


(2)天満宮の脇から西楽寺の方へ進むと、道路脇にお地蔵さんが並ぶ穴があります。その崖を作っている地層は三瓶火山が約7万年前の大噴火で噴出した火山灰の地層です。
「大田軽石流堆積物」と呼ばれるこの地層は、黄褐色で縞模様はほとんどみられません。1度の噴火で吹き出された火山灰が「火砕流」という現象で流れて堆積したものです。水のはたらきを受けていないので、レキは角張ったものが大部分です。ただし、流れる途中で巻き込んだ丸いレキもまれに含まれています。


(3)大田軽石流堆積物の地層は、大田市街の各所で見ることができます。大田一中から総合体育館付近、青果市場裏などには、さらに大きな崖を作っています。この地層は、三瓶山が噴火をした時に辺り一帯を10m以上の厚さで埋め尽くしたものです。それが水で削られて谷ができ、谷底に堆積した土砂の上に大田の町があります。


(4)大田の平野部は「沖積平野」と呼ばれる地形です。三瓶川が運んだ砂や泥が堆積して平らな土地ができています。その多くは三瓶山が5000年前と4000年前に噴出した火山灰です。


大田天満宮向かいの岩山

大田天満宮向かいの柿本神社の岩山。1800万年以上前の火山岩でできている。


岩盤に発達する節理

地層のように見える筋は、節理と呼ばれる割れ目。溶岩が冷える時に収縮でできたもの。


大田軽石流の地層

西楽寺下にみられる大田軽石流の崖。大田市街の台地状の地形はこの地層でできていることが多い。


大田の地層のイメージ

大田市街の地層のイメージ図


*参考


大田市街の地層を大別すると、日本海形成期の火山活動などでできた岩石、三瓶火山の第2活動期の噴出物(大田軽石流堆積物)、沖積平野を構成する土砂の地層に3分できます。
日本海形成期の岩石は、丘陵から山地に分布しています。出口(いでくち)には採石場の跡があり、この時代の火山岩を採石として採取していました。その崖には柱状節理がみられます。


大田軽石流堆積物は市街の各所でみられます。地元では「三瓶マサ」と呼ばれています。三瓶火山の大噴火によって噴出されたもので、ごく短時間(数日)で10〜20mの厚さで堆積しました。


市街の平野部は過去1万年間に堆積した土砂からなる沖積平野です。氷期に海面が下がった時に形成された谷が土砂によって埋められてできた地形です。5000年前と4000年前の三瓶山の噴火では、三瓶川に運ばれた火山灰がもたらされ、大田市街の地下に厚く堆積しています。

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