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地層観察の手引き

■大田の大なまず〜地震と津波を考える〜

2016年10月8日 島根県職員退職者会大田支部資料

鯰絵

江戸時代後期に描かれた鯰絵のひとつ、しんよし原大なまずゆらひ

動かざること山のごとし

 戦国武将・武田信玄の旗指物に記された一文「不動如山」は、大地の歴史を語る時にしばしば使われる言葉です。
雲や水、風に対して大地は悠久の時において不動であるように見えます。しかし、地球スケールの時間でみると大地の姿は大きく変化しています。
例えば、世界の屋根ヒマラヤ山脈は太古の昔に海底でできた岩石でできており、その事実だけを見れば劇的という表現さえ当てはまるほどの変化です。人間の時間感覚では大地の動きを実感できることは滅多にありませんが、時に起こる地震や火山噴火によって私たちに大地が動いていることを思い知らされると同時に、その強大な力に呆然とすらさせられます。
大地は今この瞬間にも動きを続けており、それによって大地にかかる力が限界に達した時に地震が起こり、刻々と生まれ続けるマグマが動いた時に火山が噴火します。今の静かな状態は、次の大きな変化への「準備期間」と言うこともでき、そのことは災害が少ないと言われる大田市地域も例外ではないのです。

大地に残る破壊の傷跡、断層

 地震は大地を作る岩盤が壊れる時の衝撃による振動です。この破壊によって大地がずれた傷跡を断層と言います。大地震に伴う断層は地表に露出することもありますが、中規模以下の地震による断層は地表に達しないことが普通です。
大地を破壊する力が加わりやすい場所では、断層が繰り返しずれることがあり、そのたびにずれの量は大きくなり地形にも影響を及ぼすようになります。断層は直線的に伸びるため、断層のずれによってできる地形も直線的な形状をしています。そのような地形には空中写真で知ることができるものがあり、大田市でも認められます。

 断層による地形には日本列島の広範囲に連続するものもあり、その代表が中央構造線です。中央構造線は関東地方から四国にかけて伸びる巨大な断層系で、九州にはその延長上に大分ー熊本構造線と臼杵ー八代構造線が存在しています。このような巨大な断層系は数千万から数億年のタイムスケールにおいて同一直線上で繰り返し地盤の破壊(=地震)が発生した結果形成されたものです。
震度7の烈震を2回記録し、熊本県を中心に大きな被害をもたらした2016年熊本地震は、臼杵ー八代構造線にともなう断層帯を震源とするものでした。大きな地震が2回起こり、その後も規模が大きな余震が繰り返し発生した熊本地震は、観測史上で例を見ないタイプの地震という表現も使われましたが、構造線と呼ばれる大きな断層系の存在からみれば、起こるべくして起きた地震だったとも言えるでしょう。

熊本地震震源分布

2016年熊本地震とそれに関連する地震の震源分布。赤い線は活断層

地震はなぜ起きる

 地震は岩盤の破壊によって生じます。破壊の原因となる力は、地球内部の動きに起因するプレート運動によるものです。地球内部にあるマントルは、熱対流によってゆっくりと動き続けており、マントルの上に浮かぶように乗る固い岩盤(プレート)も一緒に動いています。日本列島付近には、大陸プレートであるユーラシアプレートと北米プレート、海洋プレートの太平洋プレートとフィリピン海プレートがあり、互いにぶつかり合い、海洋プレートは大陸プレートの下に潜り込んでいます。海洋プレートの動きは年間に数センチのオーダーで、この動きによって岩盤に伝わる力が地震を引き起こします。

 プレート境界部では、一方のプレートの沈み込みによってもう一方が引っ張られ、その力が限界に達した時に岩盤の破壊とプレート境界部の急激な滑りが生じます。これによって起きる地震は「プレート境界型地震」と呼ばれ、マグニチュード8を超える巨大地震を引き起こすことがあります。2011年東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)はプレート境界型地震です。プレートの動きによる力は、大陸プレート側にも伝わり、そこで蓄積された力によって岩盤が破壊されて発生する地震は「内陸型地震」と呼ばれます。規模的にはプレート境界型地震より小さいものの、陸域で発生した場合は震源に近い範囲では大きな被害を発生させます。2016年熊本地震や1995年兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)は内陸型地震です。

日本列島の震源分布とプレート境界

日本列島の震源分布とプレート境界

島根県を襲った地震

 島根県は地震被害が少ない地域です。しかし、近代日本を最初に襲った大地震は島根県で起きたものでした。1872年に発生した浜田地震(マグニチュード7.1)がその地震で、浜田市を中心に広い範囲に大きな被害をもたらしました。大田市でも多くの被害が発生しており、例えば旧温泉津村(温泉津町)で全壊家屋53棟、旧大家村(大代町)で全壊家屋40棟などの被害が記録されています。歴史を遡ると、880年の出雲地震(マグニチュード7級)の記録がありその震源は中海南岸地域と推定されています。

 また、県境に近い鳥取県伯耆町を震源とする2000年鳥取県西部地震は内陸型地震としてかなり大きな部類で、規模的には兵庫県南部地震に匹敵するものでした。この地震では島根県でも全壊家屋34棟のほか、松江城の石垣崩壊、中海沿岸部の液状化現象などが発生しました。

島根県内と隣接地で発生した主な地震

島根県内と隣接地で発生した主な地震

島根県の主な地震被害

島根県の主な地震被害

鳥取県西部地震で発生した中海大海崎堤防の地割れ

2000年鳥取県西部地震で発生した中海大海崎堤防の地割れ

大田のなまずは暴れるか

 内陸型地震はどこで起きるかの予測が困難で、災害予測の手がかりになるのは比較的近い時代に動いた断層(=活断層)の有無に限られます。過去数十万年間に繰り返し動いた断層は将来も動く可能性があるという考えで、実際に存在が知られていた活断層を震源として発生した地震も少なくありません。

 2012年に島根県が取りまとめた「島根県地震被害想定調査報告書」では、海域を含む12カ所の活断層を将来大きな地震を起こす可能性があるとして抽出し、それぞれの断層が起こす最大規模の地震被害を予測しています。大田市の陸域では大森町から温泉津町、さらに江津市にかけて伸びる大森ー三子山があり、上記の報告書で取り上げられています。また、海域の断層では大田市沖が想定されているほか、浜田市から江津市沖の想定断層も隣接地になります。これらの断層から想定される地震はいずれも最大でマグニチュード7以上で、浜田地震や鳥取県西部地震クラスに相当します。

 地震被害は近接地を震源とする地震ばかりでなく、プレート境界型の巨大地震の影響も想定されます。大田市に影響を及ぼす可能性が高いのは南海トラフを震源とする南海地震で、実際、過去に被害が発生しています。南海地震は概ね100年程度の周期で発生しており、1946年の昭和南海地震では島根県で全壊家屋71棟の記録があります。記録上最古の南海地震(南海東海連動型?)である684年の白鵬地震では、真偽は定かではないものの三瓶山が崩れて浮布の池ができたという伝承が伝わります。次の南海地震は今後30年程度の間に発生する可能性が高く、この地震に対する備えは「他所事」ではないと言えるでしょう。

島根県地震被害想定調査報告書

島根県地震被害想定調査報告書で想定された地震を引き起こす断層

大田海岸に押し寄せた大津波

 津波は海域を震源とする地震で、海底が上下する動きによって発生します。日本海は対馬海峡や津軽海峡などで太平洋との間が狭まっているため、プレート境界型巨大地震による津波の影響が小さく、津波被害はそれほど多くありませんが、1993年北海道南西沖地震で奥尻島で大きな被害が発生した事例があるように、地震の規模と位置によっては大津波が発生することもあります。島根県でも、1983年日本海中部地震では隠岐で2.5m、本土側でも1mを超える津波を観測しており、条件によっては4mを超える津波が押し寄せる可能性もあると指摘されています。

 歴史的には石見地方に広く伝わる「万寿の大津波伝承」があります。大田市では長久町の舟越坂に船が乗り上げたなどの伝承があり、山口県萩市までの間に様々な伝承が残っています。ところが、不思議なことに、この津波を起こしたであろう地震の記録は、日本、朝鮮ともに残っていません。震度が小さく大きな津波を起こす地震の可能性も指摘されていますが、詳細はわかっていません。伝承には山津波(土石流)を想像させるものもあり、伝承自体が後世に置き換わった、あるいは創作された可能性もあります。益田平野で行われた学術調査で津波堆積物を発見したという報告もありますが、その後、同平野で山陰道の建設工事に伴って遺跡の発掘調査が広範囲で行われた際には相当する堆積物は確認されておらず、この津波が確実にあったとは言い難い状況です。

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