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地層観察の手引き

■断魚渓のおいたち

2008年10月、邑南町井原公民館での講座の資料です。


写真1.断魚渓・千畳敷を流れる濁川

写真1.断魚渓・千畳敷を流れる濁川


1.刻々変化する大地


大地は様々な要因によって刻々と変化を続けています。その要因のおもなものとして、次のような作用や運動があります。
・風や水による浸食、運搬、堆積の作用
・地震、火山噴火、地滑り
・プレート運動
私たちが現在目にする地形はこれらの様々な要因が影響しあって出来た結果であり、今も変化を続けています。断魚渓のなりたちも長い地質的な時間の中で幾つもの要因がからみあった結果で、現地形からそのすべてをひも解くことは容易ではありません。しかし、断魚渓が持つ地形と地質の要素から、そのおいたちの謎に少しでも迫ってみたいと思います。


2.地球の時間と人の時間


大地が形を変えるのに要する時間。
それは普通、人の生涯に比べてはるかに長い時間です。そのため、人にとって大地の変化を実感することは難しく、想像することも容易ではありません。
断魚渓のおいたちをひもとくためには、まず、地球の時間を頭の中で思い描く必要があるかもしれません。数百万年、数千万年、あるいは数十億年という地球的時間を実感することは現実的には無理でしょう。しかし、私たちが目にする身近な地形が、壮大なスケールの大地の歴史とともに育まれてきたことを知ると、地球的な時間の長さが少しだけ想像できることでしょう。

地球的時間と大地の変化についてひとつ例をあげましょう。ある場所で、地盤を5cm動かす地震が1000年に1回の確率で起るとします。この程度の地震確率は日本列島ではそれほど高いものではありません。
1000年に1回のわずか5cmの動きも、100万年続けば50mのずれになります。大地の変化の多くはそのようなタイムスケールで生じているのです。なお、100万年という時間も地球にとってはそれほど長くはありません。地球の歴史は46億年。100万年のさらに4600倍の長さです。


3.断魚渓の地形


図1.断魚渓付近の地形図

図1.断魚渓付近の地形図


断魚渓の特徴は、深いV字谷を形成して流れる濁川が作る河川地形にあります。
「千畳敷」は硬い岩盤が浸食されてできた平坦な河床です。その岩肌には流痕やポットホールといった浸食微地形が発達しています。断魚渓を代表する地形は狭く直線的な流路「岩樋川」です。 また、大きく見ると断魚渓付近では濁川の河道が大きく折り返して流れています。
これらの地形の形成には河川の浸食作用のみではなく、岩石の性質や岩盤に発達する亀裂(断層や節理)の方向性、断層の運動に伴う変位などが関係していると考えられます。


写真2.急角度の急崖

写真2.急角度の急崖


写真3.「岩樋川」の狭く直線的な流路

写真3.「岩樋川」の狭く直線的な流路


写真4.岩盤からなる平坦な河床「千畳敷」

写真4.岩盤からなる平坦な河床「千畳敷」


写真5.岩肌にみられる流痕

写真5.岩肌にみられる流痕


図2.地形の呼称

図2.地形の呼称


4.中国山地の隆起と江の川


(1)高見の貝化石が語る歴史

断魚渓のおいたちを語る上で、中国山地の形成と江の川の流路形成は欠かせない要素です。
中国山地は千数百万年前から隆起が始まり、現在も隆起を続けています。それより以前には中国山地の中ほどまで海が入り込んでいた時代がありました。断魚渓も海にほど近い環境にありました。その証拠は高見や広島県庄原市などの地層にみることができます。そこからは1800万〜2000万年前頃の海に生息していた貝などの化石がみつかるのです。この地層が形成された後に隆起が始まり、その隆起量は千数百万年間で1000メートル程度に達すると推定されます。


(2)中国山地を横切る江の川

江の川は広島県側を源流として、中国山地の脊梁を横切り日本海へ注ぎます。山地を横切る川は山地の形成以前から流れていた流路を維持しているという意味で、「先行河川」と呼ばれます。 中国山地が隆起する前、江の川は平原状の大地をゆったりと流れていました。その流路の位置は高見の貝化石の時代に湾が入り込んでいた部分に概ね一致します。
山地が隆起を始めると中小の河川は脊梁を境に流れが南北に分断されていきました。しかし、流量が多い江の川は浸食量が大きいことから隆起に打ち勝ち、山地を横切る形で流路が維持されたのです。


(3)江の川本流と支流の関係

江の川は中国山地を深く切り込んで流れています。本流が作る深い谷に対し、山間や高原面を流れる小さな支流は相対的に高い位置を流れており、本流との合流部付近に大きな高度差があります。そのため、支流の谷は江の川との合流部付近で狭く深いV字谷になっていることが多く、竜頭ヶ滝や観音滝のように本流の谷に近い場所に滝が形成されていることもあります。
濁川の場合も、上〜中流側は山間を縫いながらも比較的緩やかな流れですが、下流側でV字谷が発達しています。とりわけ急崖が発達しているのが断魚渓というわけです。


写真6.脊梁部を流れる江の川

写真6.脊梁部を流れる江の川


写真7.桜江町の観音滝

写真7.桜江町の観音滝


5.断魚渓の形成


(1)於保知盆地から江の川へ

濁川はなだらかな於保知盆地をゆったりと流れたあと、断魚渓の深い谷を抜けて江の川に合流します。於保知盆地が標高200m台の起伏が小さな平原であるのに対し、断魚渓付近は標高300〜400m台のピークが連なる起伏地です。そして、江の川との合流点は標高30m台しかありません。盆地の端から江の川までの距離は約6km。必然的に断魚渓付近には深い谷が形成されるのです。


(2)硬く緻密な岩盤

断魚渓付近には硬く緻密な流紋岩が分布しています。この流紋岩はおよそ3000万年前の火山活動によって形成されたものです。
千畳敷、岩樋川の部分の岩石はガラス質でとりわけ緻密で粘り強い性質です。これは浸食されにくい岩盤といえます。岩盤自体は浸食に対して強いのですが、断魚渓部分の岩盤には谷と同じ方向の亀裂が発達しています。つまり、川は亀裂に沿って流れ、それを広げることで断魚渓部分の谷を形成したのです。岩樋川の部分も同様で、直線的な亀裂に沿って水が流れることで狭く直線的な流路が形成されました。亀裂部分は岩盤に傷が入っているので浸食されやすいが、それ以外の部分が強固であるため、流路は容易には広がらないというわけです。しかし、長い年月の後には岩樋川の部分もより深く、そして広くなり、現在の谷底より相対的に低い位置を川が流れるようになるはずです。


(3)断層にともなうずれと直線地形

断魚渓の周辺には断層とそれに関連するとみられる直線的な地形がいくつもあります。断魚渓の形成には断層による地形の変位が関与していると推定できます。
この周辺でみられる断層は、北東ー南西に伸びるものが主となります。例えば於保知盆地の北縁はこの方向に直線的な形状をしています。この方向は濁川の流路を横切る方向です。また、この方向に直交する北西ー南東方向の小規模な直線構造も認められます。
断層や断層に伴って形成された節理(ずれがない亀裂)は河道の位置や落差、河道の屈曲に影響を与えます。断魚渓部分の屈曲した河道の形成や、河床にみられる数段の落差の形成には断層が関係していると考えると理解しやすくなります。


写真8.流理が発達した緻密な流紋岩

写真8.流理が発達した緻密な流紋岩


写真9.岩質が異なる嫁ヶ淵付近の岩は丸い

写真9.岩質が異なる嫁ヶ淵付近の岩は丸い


(4)川が削る力の変化

千畳敷の平らな河床と、それを削り込む岩樋川の関係は、河川が大地を削る作用(下刻作用)の変化で説明できます。
下刻作用は基本的に海面高度では平衡(働かない)で、高い地点ほど強く働きます。局所的にはせき止湖の形成や崩壊による落差の形成も下刻作用に影響します。
下刻作用が平衡に近づくと、谷を下げる方向の浸食力はほとんど働かず、側方への浸食力だけが働くために平らな河床が形成されます。これが千畳敷が形成された段階です。ところが、海面の低下や、下流部での崩壊の発生など何らかの原因で下刻作用が働くようになると、川は平坦面を削り込んで流れるようになります。その時、岩盤の亀裂などを利用して深い河道が形成されます。これが岩樋川が形成された作用です。


写真10.岩樋川の延長方向にある岩盤の亀裂

写真10.岩樋川の延長方向にある岩盤の亀裂


写真11.亀裂を広げて水が流れ落ちる

写真11.亀裂を広げて水が流れ落ちる


(中村唯史)

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