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地層観察の手引き

■石見銀山街道(温泉津沖泊道・鞆ヶ浦道)の地形と地質

1.概要

 大森(石見銀山)から温泉津・仁摩の海岸に至る石見銀山街道(温泉津沖泊道・鞆ヶ浦道)のルートに当たる地域は、地質的に多様な要素を持っている。海岸から1〜2kmは、なだらかな丘陵地が広がり、その向こう側に急傾斜の峰々が連なる。その峰のひとつがかつて銀を産出した仙ノ山であり、峰々の谷間に鉱山街として成立した大森の町並みがある。
 海岸部には「新第三紀中新世」(注1)の地層が分布している。この地層は、山陰から東北にかけての日本海沿岸地域に広く分布し、多様な地下資源(注2)を胚胎することが知られている。仙ノ山などの峰は、「大江高山火山群」と呼ばれる第四紀の火山で、この火山群の活動によって、石見銀山の鉱床が形成された。また、火山群と同じ時代に海岸付近で堆積した「都野津層」(注3)が分布していて、この地層から島根県の主要な産業のひとつである「石見瓦」の原料になる粘土が採れるほか、温泉津町の三子山ではガラスなどの原料になる珪砂が採取されている。


2.地形の特徴

 本地域の地形は、複雑に入り組んだ海岸線と、そこから続く丘陵地、そして、その東側にある比較的急峻な山地という構成である。沖積平野の発達は貧弱で、谷底平野がわずかに分布しているだけである(第1図)。



第1図 石見銀山周辺地域の接峰面図
幅500m以下の谷を埋める「谷埋め法」により作成したもの。小規模な谷地形を除去することで、地形の傾向が見えやすくなる。周辺の平坦な地形に対して仙ノ山など大江高山火山群の峰が突出していることがわかる。


(1)海岸地形

 地形を巨視的に見ると、東は湖陵町から西は益田市付近までの海岸線は、北東-南西方向に直線的に伸びている。実際には、本地域付近の海岸は小規模な湾が連続して入り組んだ岩石海岸(写真1)で、海浜は、延長2kmに達する馬路の琴ヶ浜(写真2)と延長1km弱の仁万の野浦浜を除いて、ごく小規模なものしかみられない。このように複雑に入り組んだ地形が、天然の「港湾」となり、そこがかつては銀の搬出港となっていた。
 本地域のように入り組んだ岩石海岸は、相対的に海面が上昇傾向にある沈水海岸に特徴的な地形である。地史的にみると、日本列島付近は最終氷期最盛期の2万〜1。6万年前以降に100m前後に達する海面上昇があった。すなわち、数万年のオーダーでみると日本列島周辺は急速な海面上昇があったことになり、その中で海岸地形に差異が生じているのは、海面変動以外の要因によるといえる。本地域については、丘陵地が緩く尾根状に突出している。第1図からもその様子を読み取ることができ、馬路から温泉津の間では標高50mの接峰面が海岸に迫り、急崖を形成している。丘陵地は最終氷期中に小河川によって谷が開削され、その末端が直接海に沈水して、入り組んだ海岸線を構成している。このような基盤地形に由来する特徴と、付近に多量の土砂を供給する河川がないことや、土砂の堆積を促す大きく突出した半島などの地形(注4)が存在しないために、三角州や海岸砂州などの堆積地形が発達していないことが、沈水地形が維持されている原因といえるだろう。


(2)都野津層と地形面
 この地域は、海岸まで丘陵が迫っていることが多く、起伏が大きいように感じられるが、見通しが効く尾根や高い山から望むと、概ね標高200m以下の平坦な地形面が海岸に沿って続いていることがわかる(写真3)。この地形面は「都野津面」とも呼ばれる地形面で、大田市から益田市にかけて分布する「都野津層」が形成された時の海面高度に応じて作られた平坦面である。なお、本地域では、都野津層の分布、すなわち堆積性の平坦面は断片的であり、基盤岩の上面が侵食された侵食平坦面が卓越している。


(3)大江高山火山群
 この地域には、大森の仙ノ山、要害山をはじめ、仁万高山、矢滝城山、大江高山など、山腹の傾斜が急でこんもりとした山が集まっている(写真4)。これらの山は「溶岩円頂丘」または「トロイデ式火山」と呼ばれる火山地形で、粘性が高い溶岩の噴出によって形成されたものである。これらの山は「大江高山火山群」と呼ばれ、一連の火山活動によって形成されたものである。大江高山火山群は、活動を停止してから少なくとも50万年以上が経過しているので、山体の侵食が進んではいるものの、「山腹の傾斜に比べて山頂付近がなだらか」な溶岩円頂丘の特徴が比較的よく残されている。火山体は崩壊しやすく、土砂災害を起こしやすい。崩壊しやすい理由としては、岩体に溶岩の冷却時に形成された亀裂が多数あること、未固結の火山砕屑物が分布していて溶岩と互層していることもあること、 粘性が高い溶岩の場合は急峻な山体が形成されることなどが挙げられる。


3.地質的特徴

 本地域の地質分布を大きくみると、第三紀中新世の地層(以下、中新統(注5)とこれを不整合で覆う第三紀鮮新世〜第四紀更新世の都野津層、および都野津層と一部で指交する大江高山火山群の火山岩が分布している(第2図)。完新統の分布は、仁万の平野部を除いて断片的で貧弱である、



第2図 石見銀山周辺地域の地質図
地質図では地表における地層の分布状況が表現されている。(新編島根県地質図編集委員会(1997)を抜粋、簡略化した)


(1)銀山周辺の中新統
 大森から温泉津、仁万にかけての地域には、中期中新世(およそ1500万年前)の久利層(注6)が分布している。当地の久利層は、砂岩、流紋岩〜デイサイトおよび同質の火砕岩(注7)が主体である。一部、大江高山火山群の活動に伴って著しく変形しているが、全体に北西方向に向かって緩く傾斜している(写真5)。 温泉津町の清水から福光にかけての一帯には、緑色を帯びた軽石質の凝灰岩が分布している。この凝灰岩は、この地域で「福光石」と呼ばれ、石材に利用されている(写真6、7)。 大森地区では、中新統は大江高山火山群噴出物の下位に分布し、そこに「永久鉱床」と呼ばれる鉱脈型鉱床が存在している。なお、鉱床の形成はあとで述べるように大江高山火山群の活動によるものである。


(2)都野津層
 都野津層は新第三紀鮮新世末から第四紀更新世前半(およそ200万〜100万年前)に陸上〜浅海に堆積した地層で、礫層と泥(粘土)層が互層している。そのうちで、淡水で堆積した粘土層は陶土に適していて、石見瓦の原料に利用されている。都野津層(および相当層)は西は益田市から東は大田市まで、石見部の丘陵地に断続的に分布している。本地域では丘陵の尾根部などに断片的に分布している(写真8)。また、大森東方の水上地区には本層に相当する「水上層」が分布し、この地域では水上層の粘土を原料とした瓦生産が盛んである。


(3)大江高山火山群
 大江高山火山群の活動時期は前期更新世(およそ100万年前頃)で、都野津層と一部で指交(注8)している。噴出物はデイサイト質マグマで、斜長石や黒雲母、角閃石の大きな斑晶を含んだ灰色〜桃灰色の岩石(写真9)が特徴である。デイサイトマグマは珪酸分に富み、粘性が高いためにあまり流動せず、地表に噴出したマグマは溶岩円頂丘と呼ばれるこんもりとした火山体を形成する。大江高山や仙ノ山などの峰は、溶岩円頂丘として形成された火山である(写真10)。 大江高山火山群の活動にともなって、マグマの熱で高温になった水(=熱水)が石見銀山の鉱床を形成した。熱水は地下の岩石に含まれている金属分を溶かし、これが岩盤の亀裂などを伝わって上昇すると温度が低下して金属分に富んだ鉱石が晶出する。こうして岩盤の亀裂を鉱石が充填したものが「永久鉱床」と呼ばれる鉱脈型鉱床で、熱水が地表近くまで達して岩石の空隙を充填したものが「福石」と呼ばれる鉱染型鉱床である。


4.まとめ

 大森から温泉津、仁万に至る地域の地形と地質は変化に富んでいて、特に地下資源に恵まれた地域といえる。その代表が石見銀山の金属資源である。また、街道の整備や五百羅漢をはじめとする石造物に用いられた「福光石」と、大森の街並を特徴づける「石見瓦」の陶土がこの地域に分布していて、いずれも現在なお採掘されている。地史的にみると、日本海が形成された中新世の海底火山活動(福光石)と、更新世の都野津層の堆積(陶土)および大江高山火山群(銀・銅鉱床)の活動がこれらの地下資源の形成に関わっている。 石見銀山は歴史遺産、産業遺産であると同時に、鉱床の成立という面では自然史的側面を合わせ持つ史跡である。また、石造物や瓦など、伝統的な街並を構成するいくつかの要素もまた、地域の自然史と密接に関わっているといえる。


注1)中新世:約2500万〜650万年前。日本列島が大陸から分離し、日本海が形成された時代。


注2)地下資源:中新世の海底火山噴出物が分布する地域は、グリーンタフ地域と呼ばれ、金属、非金属の多様な地下資源を産出する。


注3)都野津層:「都野津層」は、厳密には江津市付近に分布するものに限られるが、大森東方に分布する「水上層」など同時代のものを総称して「都野津層群」と呼んでいる。またはこれらを単に「都野津層」と呼ぶことも多く、ここでは都野津層に一括する。


注4)半島などの地形:例えば多伎町から大社町にかけての海浜は、島根半島の存在によって沿岸流が規制され、形成された。


注5)中新統:地質時代の時間的区切りには、代、紀、世を用い、それぞれの時代に形成された地層には、界、系、統を用いる。例。古生代の地層=古生界


注6)久利層:地層は時間的な連続性によって区分され、その代表的な分布地(模式地)の地名が付けられている。


注7)火砕岩:火山灰や火山礫など、火山噴出物に由来する土砂が堆積して出来た凝灰岩などの岩石。


注8)指交:地層が互いに重なり合っていること。同時代に異なる条件下で形成された 地層であることを示す。



写真1 銀積み出し港のひとつ沖泊湾
丘陵の先がそのまま海に没して、入り組んだ海岸地形を構成している。



写真2 東から望んだ琴ヶ浜
本地域でもっとも長い海浜。石英を主体とした砂からなり、「鳴き砂」として知られる。



写真3 仁万町上野から東を望む
標高100m前後の平坦な尾根(都野津面)との向こうに三瓶山が見える。



写真4 馬路の高山(左)と城上山
形成から100万年程度経過して、山体は侵食を受けているが、溶岩円頂丘の特徴が残っている。



写真5 馬路の神畑海岸に露頭する流紋岩質凝灰岩
地層面が海の方(北西)へ向かって傾斜している様子がわかる。



写真6 緑色凝灰岩の石切り場跡(温泉津町清水)
当地では石材として凝灰岩の切石が多用される。特に、温泉津町福光で産する福光石は均質で、柔らかく加工しやすいことから、建材や石造物に使われる。



写真7 緑色凝灰岩の切石で整備された銀山街道(温泉津町清水)
近くに小さな石切り場があり、石材を現地調達したことが推定できる。



写真8 尾根の切り通しに露頭する都野津層(温泉津町温泉津)
石見地方では都野津層の粘土を使った窯業が盛んで、特に瓦生産は島根県の主要産業のひとつ。



写真9 大江高山火山群のデイサイト(大田市大森町)
斜長石、角閃石、黒雲母の大きな斑晶が特徴の火山岩。



写真10 デイサイト礫の転石(温泉津町清水)
街道脇に大きな転石が点在している。17世紀に堂床山で山雪崩が発生した時のものといわれている。

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