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地層観察の手引き

■温泉津港湾付近の地形・地質と景観

1.はじめに

 穏やかなたたずまいの温泉津湾。朝と夕、漁船のエンジン音を合図に港は活気に満ちる。日中は貨物船の出入りもある。かつて石見銀山への物資供給港として栄えた温泉津港は、今も石見地方を代表する港湾のひとつ。船と施設は様変わりしても、湾内の随所に往時の面影が残る。海岸には船を係留した鼻ぐり岩などの遺構、町並みは古い地割りを伝える。そして港を取り巻く自然景観も銀山隆盛の頃とそれほど変わっていないと思われる。もちろん、防波堤が設置されたり、埋め立てによる岸壁によって変化した部分はあるが、それは現役の港に欠かせない施設。ここは時間が止まった遺跡ではないのだ。港湾としての歴史と現在が共生しているととらえることができるだろう(写真1)。
 元来、温泉津湾は港湾としての地形的条件に恵まれた場所である。それ故に古くから港として使われるとともに、近現代に至っても大規模な改変なしに港湾機能を維持することができた。自然地形が港湾に適していたことが、温泉津湾に往時の様子を彷彿とさせる景観が残った要因のひとつといえるだろう。本節では、温泉津湾の地形・地質について述べる。


2.地形の概要

 温泉津湾は日本海に面し、北西に開いている。湾口部の幅は約420m、湾口から湾奥までは約1200mである。湾口の東岸側にはごく狭い水道で隔てられた櫛島があり、その南側の枝湾は16世紀後半に銀の搬出港として使われた沖泊湾である。湾内は一部が港湾等の整備によってコンクリート岸壁になっているが、海岸線の半分以上は磯を主とする自然海岸で、湾奥には小規模な砂浜がある(第1図)。
 湾の周囲は標高50〜100m程度の丘陵地で、谷の開削が進んでいるものの丘陵頂部は平坦で台地状の地形面をなしている(写真2)。湾に面する沖積平野は小規模で、温泉津川と小浜川の谷底平野に連続する狭小な平野があるだけである。  温泉津湾付近は中小の湾と島嶼が連続するリアス式海岸で、海食崖が良く発達している。リアス式海岸の範囲は東は馬路から西は黒松にかけての約10kmの間で、その内陸側には大江高山火山群の溶岩円頂丘群がある(写真3)。



第1図 温泉津湾の地形
温泉津湾は西向きに開口し、奥行きが深い形状をしている。人工改変は比較的少なく、自然海岸がよく残っている。


3.海岸地形と港湾

 温泉津湾の地形は港湾として有利な条件を幾つか有している。まず、奥行きが深い形状は波浪の影響を受け難い静かな水域を生む。外海に面した東岸側の湾口には岩礁があり、波を砕く役割をはたす。湾の両岸には沖泊湾などの枝湾があり、風向きに応じて風裏になる停泊場所を選ぶことができる。湾内は全般に急深で船舶の出入りに都合が良い。これらの地形的特徴は、リアス式海岸の特徴に合致する部分が多い。すなわち、幅の割に奥行きが深い湾の形状、点在する島嶼、幾つもの枝湾と急深な地形は、いずれもリアス式海岸の要素である。
 リアス式海岸は谷の開削が進んだ地形が海没して形成される入り組んだ海岸地形である。温泉津湾一帯の丘陵地には比較的軟質な凝灰岩類が分布している。この岩石は流水による浸食を受けやすく、幅が狭く深いV字谷が形成される。氷期に海面が大きく低下した時、温泉津湾一帯はかなり沖合まで陸化していて、現海面下に続く谷が形成された。約10万年前に始まった最終氷期では、気温が最も低下した2万年前頃の海面は現在より100m程度低かったと考えられている。氷期が終わると海面が上昇し、谷と尾根が交互する丘陵の末端が海没することで入り組んだ海岸線が生まれた。幅狭なV字谷は奥深く急深な湾となり、浸食を免れた残丘は島嶼となった。このような作用によって当地一帯の基本的な地形が形成された。  リアス式海岸の成立には海面上昇による谷の海没以外にも重要な要素がある。それは海岸部の堆積量が少ないことである。堆積量が多い場合、湾は埋積が進み沖積平野が発達するため、入り組んだ地形は維持されない。温泉津湾に流入する河川は小規模で土砂供給量が少なく、近隣にも大河川がないことから沿岸流による土砂供給もない。そのため当地一帯は沖積平野の発達が貧弱で、リアス式海岸が成立した。なお、温泉津湾の湾奥には狭い沖積平野があり、その前面には小規模な砂浜がある。砂浜は現在も小型船を陸揚げする場として用いられており、港湾機能の一翼を担っている地形といえる。
 次に温泉津湾内にみられる微地形に注目すると、海食崖と海食台がよく発達している(写真4)。V字谷が海没した湾であるために汀線付近の地形は急傾斜であることに加え、岩質が柔らかく浸食されやすいために湾内にも垂直に近い海食崖が連続する。また、海食崖の下には海食台が広がっていることが多い。海食台とは波浪が海岸を浸食した結果残された平坦地である。波浪による浸食作用は海面下にはあまり及ばず、海面上の岩盤だけが浸食される。そのため、海食崖の浸食が進行すると海面高度付近に海食台が残される。温泉津湾では現海面より1m程度高い離水した海食台が各所にあり、そこに鼻ぐり岩などの遺構が残っている。高い位置にある海食台は過去に形成され、地盤隆起または海面低下によって離水したものである。このような海食台は埠頭的に使われ、港湾機能の一部を果たしていたと思われる。



第2図 温泉津湾の海底地形
湾奥部以外は汀線付近から急に深くなっており、海底部は全般になだらかな砂地である。網掛け部分は、近代以降の埋め立て地。


4.海底地形と潮位

 温泉津湾の海底は全般に砂質で、比較的なだらかな地形である(第2図)。防波堤などの影響で砂の堆積が進行したり、浚渫によって掘り下げられた部分はあるが、基本的には戦国〜江戸時代の海底地形も著しい違いはないと思われる。
 湾内は、砂浜が発達する湾奥部以外は岸から急に深くなっている。急深な湾は船舶の航行に都合がよい。また、喫水がある程度深い船も湾の奥へ侵入できることから停泊地として有利といえる。この急深な地形は、谷が海没したリアス式海岸の特徴のひとつである。
 港湾としての利用に影響する要素のひとつに、潮汐による潮位変化がある。潮位差が大きい地域では干潮時に港に船が出入りできない場合もあるが、温泉津湾は潮汐の影響をほとんど受けない。日本海は潮位差が小さく、満潮位と干潮位の差が最大で約60cmしかない。年間を通じても、潮位が高い7〜8月の満潮時と低潮位の3〜4月の干潮時の差が約90cmである。瀬戸内海では日変化が200cm以上、太平洋沿岸で150cm以上に達することに比べて著しく小さい。潮位差が小さいため、急深な温泉津湾では潮汐による汀線の移動がほとんどなく、水深の変化も航行に影響を及ぼすほどではない。また、潮位差が小さいために海水の移動が少なく潮汐流が弱い。そのことも港湾作業には好都合と思われる。つまり、海底地形が急深であることと潮位差が小さいことは、温泉津湾が港湾として有利な条件といえる。


5.地質の分布

 温泉津湾一帯には1500万年前頃(中期中新世)の凝灰岩類が分布している。その上位には200万〜100万年前頃(前期更新世)の堆積岩類が不整合で重なる。谷底平野には現世(完新世)の堆積物が小規模に分布している(第3図)。
 当地に広く分布する凝灰岩類が形成された中新世は、日本列島が大陸から分離した時代である。当時、拡大しつつあった日本海の海底では活発な火山活動が生じていた。当地の凝灰岩類はその海底火山の噴出物で、湾内の海食崖には海底火砕流や海底地滑りで形成された地層が露出している(写真5)。その岩質は比較的軟質で加工を施しやすい。港湾部、町並みとも岩盤を加工した遺構等が多くみられるのはそのためと思われる(写真6,7)。石材としても利用されており、湾内と周辺地域に石切り場の跡が点在している。
 更新世の堆積岩類は石見地方に広く断続的に分布する都野津層群に属するもので、礫層、砂層、粘土層からなる(写真8)。この地層から産する粘土は「石見焼」の陶土として瓦をはじめ陶器類の原料として利用される。また、砂層の一部は良質な珪砂で、温泉津は国内有数の珪砂産地でもある。
 都野津層群が分布する地域はなだらかな丘陵が連続し、巨視的にみると平原状の地形である。これは同層が形成された時の海岸平野から浅海底の地形面を反映している。温泉津湾を取り巻く丘陵もその一部である。



第3図 温泉津湾付近の地質分布
温泉津湾付近は中新世の凝灰岩類が広く分布し、その上に更新世の堆積岩類が重なる。鹿野ほか(2001)をもとに作図。


6.地下水について

 石見銀山への物資供給基地として栄えた温泉津では、生活用水は基本的に井戸水に頼っていた。温泉津川は流量が少なく、水利環境に恵まれているようには見えないが、生活を支える程度の水は確保できていたようである。温泉津の町は狭い谷底平野にあり、その平野を構成する堆積層(礫、砂、泥)が地下水の帯水層となっている。平野部の広さは約0.06平方kmである。そこに厚さ2m平均で砂礫が存在し、土砂の空隙が20%と仮定した場合、20,000立方mを超える地下水を貯蔵できることになる。なお、平野の前面は海に面しているが、地下では淡水と海水は容易には混合せず、両者は明瞭な境界で接している。そのため、汀線付近でも淡水層が維持され、平野部のほぼ全域で地下水を利用可能である。
 水利用において貯蔵量以上に供給量が重要である。温泉津川の集水面積は約0.8平方kmで、その地形は全般になだらかである。なだらかな地形は表流水の流速が遅く、地下水への供給では有利といえる。地質的な条件については、集水域の丘陵上部に分布する都野津層は未固結の礫や砂、粘土からなる。粘土層は地下水が浸透しにくいものの、礫層、砂層は透水性が高く帯水層となり、平野部への水供給の貯蔵庫となり得る。その下位に分布する凝灰岩類は、新鮮な状態でも若干の透水性があり、風化部や多亀裂部は水を蓄えることができる。つまり、丘陵部に降った雨が地下水となり、それが平野部へゆっくりと供給されることで温泉津の水利環境が維持されたと推定できる(第4図)。



第4図 温泉津の平野部における地下水循環のイメージ図


7.地形・地質と景観

 地形と地質は植生など生態系を含めた自然景観の根幹をなしている。人は自然環境から必要な要素を抽出して文化を築く。温泉津湾の場合、少なくとも日本海裂開にまで遡る自然史の結果として現地形があり、そこから得られる要素を人が利用することで今日の景観が成立した。その景観には自然と文化の両要素が一体となって共存している。
 建造物など人工的なものが主体となる町並みに目を向けても、やはりその景観に自然的要素が関与していることに気付く。敷地を広げるために岩盤を垂直に切り抜くことが町の各所で行われているが、それができるのは当地の凝灰岩の岩質ならではである。その石は家屋の土台や石垣などにも多用されている。屋根を覆う瓦は都野津層の粘土から作られたものだ。町並みが続く谷の奥にはかつて多数の登り窯があり、地元産の粘土を使った窯業が行われた。このように、町並みの各所に当地の地質的要素を見いだすことができる。
 近代以前の生活は地域の自然環境への依存度が大きい。したがって文化的要素が強い景観の中に自然的要素が多く入り込んでいる。それは何処でも共通することで温泉津が特別というわけではないが、自然地形を利用して港湾が発達した町という性質上、自然的要素を核として景観が成り立っていることは特徴といえるだろう。温泉津の景観は自然と人(文化)の相互作用によって育まれ、今日なおそれが継続しているのである。


(参考文献)

鹿野和彦・ 宝田晋治・牧本 博・土谷信之・豊 遙秋 (2001) 温泉津及び江津地域の地質.地域地質研究報告(5万分の1地質図幅),地質調査所,129p.*図版説明


*出典:島根県大田市教育委員会(2009)重要伝統的建造物群保存地区大田市温泉津伝統的建造物群保存地区 保存対策調査報告書.45p.



写真1 温泉津の町並みと温泉津湾。龍御前神社から。



写真2 温泉津湾(写真中央)付近の丘陵地



写真3 湾奥側の景観。写真左側の集落が温泉津、右側が小浜。温泉津の奥に高山、小浜の奥に堂床山が見える。いずれも大江高山火山群の火山。



写真4 湾の西岸に発達する海食台。海面高度とほぼ等しい。対岸には海食崖が発達している。



写真5 海底地滑りで形成された褶曲(スランプ構造)。凝灰岩の地層が折り畳まれるように変形している。



写真6 凝灰岩を削り出して作られた係留柱。湾内の随所に岩盤を加工した遺構が残る。



写真7 石材の調達と平坦地の拡張を兼ねて町並みの背後の岩盤を削った跡。ここでは岩盤を加工して構造物の一部に利用したとみられる。



写真8 都野津層の露頭。丘陵の頂部付近に分布し、陶土となる粘土層を挟む。写真は沖泊の東方。

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