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地層観察の手引き

■出雲市北浜地区の自然史(1/3)

写真0 打ち寄せる日本海の荒波

地形の概要

 初めて北浜の地を訪れた旅人は、その絶景に驚きと感動を覚えることだろう。切り立つ急崖。眼下では青い波がうねり、岩に砕けて白く泡立つ。目線を上げると水平線を境に接する海と空のふたつの青が視界いっぱいに広がる。海上にぽつんと浮かぶのは漁船だろうか。振り返れば山肌を覆う木々の深い緑。湾奥の斜面には家屋が寄り添うように建ち、緑の中に屋根の赤瓦が映える。急峻な山の連なりと、その先の日本海。この環境が当地の歴史と文化を育んできたのだ。


 北浜地区は島根半島の一角に位置する。島根半島は中国山地と平行して東西に延び、その南側には出雲平野、宍道湖、中海、弓ヶ浜半島を抱く。全般に直線的で変化に乏しい山陰海岸にあっては当地一帯の地形は異質とも感じられる。島根半島の急峻な山々と広い平野、潟湖。島根半島を中心とする地形環境は出雲神話に象徴される古代文化の成立にも深い関わりがあると思われる。


写真1 唯浦の景観

写真1 唯浦の景観。急峻な山が海に迫り、湾奥の狭い緩傾斜地に家屋が集まっている。


 北浜地区を含む島根半島の地形は次の特徴がある。
 島根半島の山並みは、東西方向に延びる三列の山系と、嵩山・和久羅山の山塊に大別できる。3列の山系とは、日御碕から旅伏山(456m)東麓の国富町あたりまでの西列、十六島鼻から朝日山(342m)までの中列、松江市鹿島町の大堀鼻から美保関地蔵鼻までの東列である。これらの山系は空を飛ぶ雁の群れのように、少しずつずれながら平行している(図1)。

図1 島根半島の地形

図1 島根半島の地形。島根半島は山がちの急峻な地形で、西列、中列、東列の3山系に区分することができる。



 北浜地区は三山系のうち中列の西部にあたる。中列は尾根部が北に著しく片寄っている。そのため、尾根の北側、すなわち日本海側は急傾斜である。とりわけ、塩津海岸から標高415mの摺木山までは急傾斜である。平均勾配は20度を超え、海岸部では比高100mに達する急崖が発達する。北浜地区は小津地区を除いて尾根の北側にあたり、全般に急峻な地形である。


 中列山地の尾根の南側は、出雲平野または宍道湖の北縁からなだらかな丘陵地が続き、全体に傾斜が緩やかである。尾根の南北を比べると北浜地区の地形的特徴が浮かび上がる。北側斜面は河川がほとんどなく、平坦地にも乏しいことから住宅地や農地として利用可能な場所が限られる。そのため、集落は傾斜地やごく小規模な平坦地を利用して展開している。一方、南側斜面では幾本もの河川が流れ、その谷底には小規模ながら谷底平野が発達し、水田などに利用されている。また、丘陵地では畑地や果樹地として利用されている。


 中列山系以外の島根半島の地形は、次の特徴がある。西列は北山山系とも呼ばれ、全体に急峻な地形である。尾根が南に片寄っており、出雲平野からみると南斜面が屏風のように迫り、山並みがそびえ立つ印象を受ける。東列は日本海に面した海岸はリアス式海岸の特徴が顕著で、中小の湾が複雑に入り組み、小島が点在する。嵩山・和久羅山の山塊は500万年前頃に形成された火山体の名残で、島根半島では最も若い岩体である。西列、中列、東列からなる地形を作り出したのは、東西方向に延びる断層や褶曲構造を生み出した地盤変動である。3山系の境界は、断層や褶曲軸で区切られており、例えば中列山系と東列山系の境界をなす鹿島低地には境水道付近まで連続する宍道断層が通っている。これらの地形は、日本列島の成立にまで遡る壮大な自然史を秘めている。


険しい海岸地形

 十六島鼻から美保町にかけては海岸線が直線的で、急崖が連続する岩石海岸である。北西季節風が吹き荒れる冬季、荒波が繰り返し押し寄せ容赦なく叩きつける。この波の力が険しい海岸地形を創出する。その険しさは、出雲平野や宍道湖の低平な地形とは対照的である。


 波が打ち寄せる海岸の背後には急崖が迫る。断層によってできた崖が波の力によってさらに削られた海食崖だ。釜浦、塩津では海食崖の高さは30mにも達し、さらにその上方に急斜面が続く。波打ち際が浸食されると上部の斜面は不安定になり、やがて崩れ落ちる。それを繰り返すことで波の力が直接およぶ範囲よりもはるかに高い崖が形成されたのだ。


 波の力が崖が削っていくと、削り取られた部分には平坦な岩場が残される。海食台または波食台と呼ばれる地形である。平坦面は各所でみることができるが、特に十六島湾に面した海岸によく発達している。波浪の浸食作用は海面より高い部分では強く働くが、水面下にはあまり影響を及ぼさない。波によって削られるのは海面より上の部分だけで、海面下は取り残されるのだ。こうして海面の高さとほぼ等しいテラス状の平坦面が生まれる。


 当地の海食台では冬季にノリ漁が行われる。波に洗われる海食台に良質なノリが育ち、当地の特産品になっている。岩ノリは正月の「海苔雑煮」など、出雲地方の食文化にも欠かせない存在である。出雲國風土記には「但紫菜者、楯縫郡尤優也」とあり、出雲国で採れるノリのうち、当地のものが最も良質とされている。その岩ノリは十六島の名を冠して「ウップルイノリ」と呼ばれる。それは地方名ではない。ウップルイノリは食用にされるノリの代表種であり、その名は標準和名なのだ。荒波は当地の険しい海岸地形を創出すると同時に、全国に誇る特産の岩ノリを育むのである。


写真2 十六島の海岸地形

写真2 十六島の海岸地形。地層面に沿って岩盤が崩落し、崖の傾斜と地層が平行している。急崖の下には海食台が広がり、ノリ場を採りやすいようにコンクリートが張ってある。


十六島湾

 十六島湾は島根半島で最も大きな湾である。この湾は島根半島を構成する三列の山系のうち、中列と西列を隔てる低地の延長にあたり、北岸には十六島鼻の、南岸には北山の急峻な山並みがある。湾口は西に向かって大きく広がる。


 湾内の様相は、港湾として整備されている湾奥側と、大部分が自然海岸からなる湾口側で大きく異なる。湾奥側には幾重もの防波堤で囲まれた港内に埋立地が広がり、港湾施設が並ぶ。河下港はかつては鰐淵鉱山からの石膏の搬出で賑わい、現在も出雲地方の拠点的な商業港である。湾奥の海底は水深6〜8mの部分が広く、底質は海岸近くでは岩石質、湾の中央部では砂質である。海底は港湾整備に伴う改変箇所がある。航路にあたる部分は水深を確保するための浚渫が行われている。防波堤や埋立地の建設によって沿岸流が変化し、以前は岩石質だった海底に砂の堆積が進行している部分もある。


 一方、湾口側は人工的な改変が少なく、自然海岸が大部分を占める。北岸の十六島町側は岩石海岸で浜はあまり発達していない。南岸の河下町から猪目町一帯は礫浜が発達する。海底地形は、北岸は急深で南岸はやや遠浅である。湾の中央部では、沖防波堤付近では水深10m未満、湾口付近では水深35m前後でごく緩く傾斜している。底質は、岸近くでは礫や岩礁が主体である。急深な北岸では岸から100m程沖合で砂質の海底に変化し、遠浅な南岸では500m以上沖まで礫と岩礁が分布する。湾央部は砂質の海底で、全体になだらかな地形である。


 十六島湾から外海へ出ると、そこは対馬海流の枝流が流れる海域だ。暖かい海流は島根半島をかすめるように流れ、気候にも影響を与える。暖流の影響で、当地一帯は内陸に比べると温暖で、気温変化が小さい気候である。


写真3 猪目側からみた十六島湾

写真3 猪目側からみた十六島湾。西に大きく開口した湾は島根県を代表する港湾として利用されている。


地質の特徴

 北浜地区の各所で目にする幾重にも層をなす地層。地層には大地の歴史が刻まれている。当地の地層は2000万〜1400万年前頃に海底で形成されたものである。それは地質の時代区分では新生代第三紀中新世の中頃にあたる。海底に堆積した地層は、断層や褶曲を生んだ地盤の構造運動によって隆起し、その過程で大きく傾いた。それは10〜40度の傾斜で南に傾いていることが多く、塩津から美保町にかけての海岸部だけは逆に北に傾いている。


 地層は同時期に形成されたもの毎に細かくグループ分けされ、それぞれに名前が付けられている。当地に分布している地層は、古い方から順に「成相寺層」、「牛切層」、「古江層」の三グループである(図2)。島根半島全体では成相寺層より古い「古浦層」と、古江層より新しい松江層を加えて五グループに区分されている。地層名に付けられた地名は、その地層が典型的に分布する場所(模式地)を示している。


図2 北浜地区周辺の地質分布

図2 北浜地区周辺の地質分布。当地には日本海が拡大しつつあった新第三紀中新世の地層が分布している。「新編島根県地質図(20万分の1)」、新編島根県地質図編集委員会(1997)をもとに作成。


 成相寺層は釜浦町以東の海岸部に分布し、頁岩と凝灰岩類からなる地層である。頁岩は新鮮なものは黒色をしているが、地表では風化して黄褐色を呈することが多い。凝灰岩類は流紋岩〜デイサイト質で、淡い緑色を帯びる。緑色の凝灰岩はこの時代の海底火山の噴出物に特徴的なもので、「グリーンタフ(緑色凝灰岩)」と称される。


写真4 グリーンタフ

写真4 海岸に露出するグリーンタフ。岬状のせり出し部分の中央に緑色の緑色凝灰岩が露出する。凝灰岩が熱水変質を受けた岩石。


 牛切層は当地に最も広く分布する地層である。砂岩と泥岩が交互に重なる砂泥互層が特徴である。砂泥互層は、地震によって海底で地滑りが発生し、普段は泥が堆積している海底まで砂が運ばれて形成されたもので、砂と泥の繰り返しは地震が頻繁に起きたことを示している。牛切層が露出する小伊津町の海食台には洗濯板を思わせる凹凸が発達する。柔らかい泥岩の部分が浸食され、砂岩が残ったために凹凸が形成されたもので、同様のものでは宮崎県青島海岸の「鬼の洗濯岩」がよく知られている。当地でも小規模ながら洗濯岩状の海食台をみることができる。


 古江層は小津町の一部に限って分布し、泥岩を主体とする地層である。本層は当地から宍道湖北岸、松江平野北部にかけて帯状に分布している。宍道湖と出雲平野の南側には本層に連続する「布志名層」が分布し化石を多産するが、島根半島側では化石は少ない。


 北浜地区の地層が形成された新第三紀中新世は、日本列島が大陸から離れ、日本海が生まれた時代である。成相寺層は広がりつつあった日本海の深い部分で形成されたものである。牛切層は成相寺層よりも陸地に近い部分で形成され、古江層は内湾的な浅く静かな海で形成された。当地の地層は日本海形成の大変動の歴史の一端を物語っているのである。


写真5 小伊津の砂泥互層

写真5 小伊津の砂泥互層。海岸の急崖に砂岩と泥岩の見事な互層が露出している。海食台は「洗濯岩」状になっている。日本海形成期の地殻変動を物語る地層。

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