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地層観察の手引き

■神戸川の自然史

くにびき神話と神戸川

 出雲國風土記が伝えるくにびき神話。神戸川は壮大な物語の舞台を流れる。
 その物語。出雲の国を初め小さく作りし八束水臣津命は海の彼方より国を引き寄せた。寄せた国は八穂米支豆支の御碕、すなわち島根半島北山日御碕。「堅めて立てし加志は、石見国と出雲国の堺有る、名は佐比売山、是なり」。すなわち国を留めた杭は三瓶山。そして引いた綱は大社湾岸の薗の長浜がそれに見立てられる。古代の人は山野の配置を見事に物語に織込んだ。
 神戸川の自然史も物語に劣らず壮大である。その共演者は三瓶山。縄文の昔、神戸川は大社湾から宍道湖まで続く内海に注いでいた。北山の峰々は海を隔てた対岸。ある時、大地を揺らす地響きとともに三瓶山が火柱をあげると間もなく、おびただしい砂泥を含んだ激流が神戸川を流れ下った。激流は幾度も押し寄せ、川岸にあった縄文人の生活も、森も、すべてを砂泥の下に消し去った。三瓶火山の噴火がもたらした大洪水。やがて山河に静けさが戻った時、川辺に帰ってきた人々は河口がはるか先に遠ざかり、海の向こうだった北山の裾まで届く所まで土地が広がっている様を目撃した。砂泥が海を埋め、新しい土地が生まれたのである。圧倒的な力を見せつける自然の作用。
 神戸川と三瓶山が創出した土地は、水稲技術が広まる弥生の頃より生活の場となった。激流が残した砂の高みにはムラが営まれ、雨水が滞る低地には水田が造られた。原野は肥沃な穀倉地となり、川と海は魚介をもたらし、そこに古代の文化が育まれた。人は自然の中にあり、文化は自然とともにあった。人々は自然の形と力に神をみて物語を紡いだ。
 いにしえの昔、川の流れは生活の傍にあった。流れは絶えることなく今日まで続いているが生活の変化とともに人と川のかかわりは希薄になったと思われる。しかし、形を変えながらも流域の暮らしは川の恩恵を受けている。現代も自然史と歴史の一断面。神戸川の物語は未来へと続いている。


1.地形と地質

(1)流域の概要

 神戸川は中国山地の山々に流れを発し日本海へ注ぐ。広島県との県境にあたる飯南町上赤名の女亀山の水源が源流とされ、幾つもの流れと合わさりながら山間を北へ流れる。立久恵峡の峡谷を過ぎると間もなく出雲平野に至り、緩やかに平野を流れて大社湾に面する河口に終着する。延長87キロメートル、流域面積471平方キロメートルの河川である。その流域は南北に細長く、飯南町、雲南市(掛合地区と三刀屋地区の一部)、出雲市(佐田地区と出雲地区)および大田市の一部(山口町)がその範囲にあたる。流域人口は約10万人である。平成一八年、斐伊川放水路により下流部が斐伊川と連結されることに伴い、管理上は斐伊川水系に編入された。


G1-1 神戸川の集水域

図1 神戸川の集水域
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(2)源流域の山々

 神戸川が水源とする山のうち、最高峰は大万木山(1218メートル)である。中国山地の脊梁をなす山のひとつで、山頂を広島県との県境が横切る。高所には中国山地屈指のブナ林が広がることで知られる山である。次いで高いのは三瓶山(1126メートル)。脊梁部から離れた独立峰で、中国地方で最も新しい火山である。その火山活動は神戸川を通じて出雲平野の形成に大きな影響を及ぼした。流域で三番目に高い琴引山(1013メートル)は出雲神話の舞台となった信仰の山で、出雲國風土記ではここが神戸川の源とされている。この三峰までが千メートル級の山である。以下、草ノ城山(976メートル)、沖の郷山(957メートル)、女亀山(830メートル)などがあり、これらの山々に降る雨が神戸川を涵養している。


P1-1 頓原川の源流域

写真1 頓原川の源流域


(3)上流域の盆地

 女亀山から流れ出た神戸川は間もなく平坦な赤名盆地に至る。この盆地は標高400〜500メートルの平坦地を持ち南北に細長い。これは琴引山の北麓を北東−南西方向に走る断層によって流れが遮られて土砂が堆積して出来た盆地とみられる。希少な湿地性植物群落がある赤名湿地は赤名盆地の縁辺部にあたる。盆地縁辺で水はけが悪いことに加え、付近に厚く堆積している三瓶火山の噴出物が赤名湿地の形成に関与しているとみられる。大万木山から流れ出る頓原川は東西に延びる頓原盆地を経て来島ダム(来島湖)で本流と合流する。赤名盆地、頓原盆地とも神戸川上流域の穀倉地帯である。


P1-2 サギソウが咲く赤名湿地

写真2 サギソウが咲く赤名湿地


(4)立久恵峡

 来島ダムを過ぎ、志津見ダムを経て出雲市佐田町に至る中流部は、途中、所々に小規模な河岸段丘が点在するが、全般に狭い谷間を流れる。中流から下流へと差しかかるあたりに立久恵峡がある。垂直に切り立つ比高200メートルを越える断崖が特徴で、景勝地であると同時に貴重な断崖性植物群落の分布地でもある。この峡谷は険しい絶壁と対照的に水の流れは緩やかである。そのことには平野への出口に近く地形勾配が緩やかなことに加えて、岩盤の性質も関係している。当地の岩盤は火山灰と火山礫が固結した火山角礫岩からなる。この岩石は流水に浸食されやすい割りに急崖を維持しやすいため、比較的緩やかな流れでも深い谷を作り得る。また、この岩石は岩肌に凹凸が生まれやすく、急崖に植物が生育する余地を作り出す。このような岩盤の性質が立久恵峡の景観を生んだ要因のひとつと言えるだろう。


P1-3 立久恵峡を流れる神戸川

写真3 立久恵峡を流れる神戸川


(5)出雲平野

 立久恵峡を過ぎると間もなく視界は一気に広がり、出雲平野に流れ出る。この平野は中国山地北縁と島根半島の間に発達する沖積平野で、東西約20キロメートル、南北約8キロメートルの広がりを持つ。この平野は主に神戸川と斐伊川の三角州と扇状地で構成される。平野の西は日本海(大社湾)に面し、海岸部に出雲砂丘、やや内陸側に浜山砂丘が発達する。平野の東には宍道湖がある。この湖は出雲平野によって海から隔てられた潟湖で、全国第7位の水域面積81.8平方キロメートルを有する。平野の南西端には同じく潟湖の神西湖がある。
 出雲市馬木町で平野へ流れ出た神戸川は西へ向かい、出雲砂丘にぶつかって北へ向きを変えた後、日本海へ流れ出る。河口の海岸は延長15キロメートル以上に及ぶ砂質海岸で、眼前に日本海が広がり、北には日御碕、南には三瓶山を遠望できる雄大な景観である。


P1-4 出雲平野を流れる神戸川

写真4 出雲平野を流れる神戸川


(6)地質の分布

 神戸川流域の地質分布は大きく次のように区分できる。中国山地脊梁部の源流域には白亜紀〜古第三紀の酸性火山岩類が分布する。上流から中流域にかけては古第三紀の深成岩が分布する。主に花崗岩と花崗閃緑岩からなり、その分布域では近代まで砂鉄採取が盛んに行われた。中流から下流域にかけては新第三紀の火山岩類と堆積岩類が分布する。この地層の大半は日本列島が大陸から分離し日本海が拡大しつつあった時代に海底と沿岸域で形成されたものである。下流の出雲平野は第四紀完新世の堆積物からなる沖積平野である。海岸部には砂丘が発達し、地点によっては完新世の風成砂層の下に更新世の古砂丘が存在している。流域の西部に位置する三瓶山は後期更新世から完新世に活動した火山である。その噴出物は山体付近のほか、神戸川中〜下流の段丘などに分布している。なお、降下火砕物(火山灰、軽石)の分布は広域に及び、流域の各所で認められるほか、中国地方東部を中心に遠くは東北地方でも確認されている。


G1-2 地質分布の概要

図2 地質分布の概要
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