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島根県の自然

■島根県の完新世火山灰層
 ーとくに三瓶火山起源の火山灰層についてー

1.はじめに

 火山灰層は同時間面を示す鍵層として有効である.特に後期更新世から完新世の火山灰層では降灰時期が既知のものが数多く知られ,第四紀層序の研究や遺跡調査において用いられている.

 近年,島根県では沖積低地のボーリングや低湿地遺跡の発掘調査で火山灰層が発見されることが増えてきている.7300年前に降灰したアカホヤ火山灰層は沖積低地の堆積層中にほぼ普遍的に見い出されることが明らかになり(中村ほか,1996),さらにその上位に,三瓶火山起源の火山灰層が見い出されてきている.三瓶火山は完新世に複数回の活動を行ったことが知られ(松井・井上,1971),その火山灰層の分布が明らかにされれば鍵層として有効なものになると期待されている.

 本稿では,これまでに島根県で発見されている完新世の火山灰層について,特に三瓶火山起源の火山灰層を中心に報告する.


位置図

図1.位置図


2.鬱陵火山起源の漂着軽石

 大田市久手町の波根湖干拓地で掘削されたOH01コアでは,完新統の最下部から韓国東海上に位置する鬱陵火山起源の漂着軽石層が確認されている(沢田ほか,1997).

 鬱陵火山起源の降下火山灰では,完新世のごく初期に降灰した鬱陵隠岐火山灰(町田ほか,1981)が近畿地方を中心に分布しているが,島根県では確認されていない.


3.アカホヤ火山灰層

 アカホヤ火山灰層(町田・新井,1978)は代表的な広域火山灰層のひとつで,完新世の最も重要な鍵層といえる.褐色を帯びたバブル型の火山ガラスを多量に含むことを特徴とし,微量のシソ輝石,普通輝石を含む.

 島根県東部の中海・宍道湖周辺では,大部分が火山ガラスからなる層厚2cm以下の地層として分布し,沖積低地のボーリングコアや低湿地遺跡で確認されている.

 降灰時期が縄文海進の極大期にあたるため,海成泥層が分布する場所であれば確認できる可能性が高い.薄い地層であるために,堆積後の撹乱によって地層としては見い出されないこともあるが,堆積物中に含まれる火山ガラスを抽出することによって,降灰層準の特定が可能である(中村ほか,1997).


4.三瓶火山起源の火山灰層

 三瓶山は後期更新世から完新世に活動を行った第四紀火山で,完新世には第6活動期と第7活動期の活動期が知られている(松井・井上,1971).三瓶山東麓の頓原町板屋III遺跡では,アカホヤの上位に2層の三瓶火山灰層が確認され,下位の三瓶火山灰層(第2ハイカ,三瓶角井降下火山灰)が第6活動期,上位の三瓶火山灰層(第1ハイカ,三瓶大平山降下火山灰)が第7活動期に対比される(建設省中国地方建設局・島根県教育委員会,1998編).遺跡の三瓶火山灰層については,上記の報告書において松井整司氏によって詳細に記載されている.

 三瓶山から離れた地点で確認されている三瓶火山灰層としては次のものがある.


(1)大田市波根湖ボーリング(OH94)

 大田市久手町の波根湖干拓地で掘削されたOH94コアでは,掘削深度(以下,深度)18.5mにアカホヤがあり,その上位の深度14.2mに三瓶火山起源のHn火山灰層が確認されている(中村ほか,1997).

 Hn火山灰は,層厚1cm,粗〜細粒砂サイズで,斜長石,石英,角閃石,黒雲母,デイサイト質岩片(軽石)を主体とする.構成粒子が新鮮な割れ口を示すこと,本地域には三瓶火山を集水域に持つ河川が流入していないことから,降下火山灰と判断できる.

 OH94は花粉分析が行われている.Hn火山灰は大西ほか(1990)による花粉分帯の「カシ・シイ花粉帯−シイ亜帯」に挟まれている(廉・渡辺,1996).カシ・シイ花粉帯の始まりの年代は,大西ほか(1990)が推定した5200年前より1000年程度古くなることが,中村・徳岡(1996),廉・渡辺(1990)らによって指摘されている.そうするとシイ亜帯は約5000年前から約4000年前までとなり,この間にHn火山灰が降灰したことになる.

 また,Hn火山灰とアカホヤは年縞状のラミナが発達する泥層に挟まれている.ラミナが1年に1枚ずつ形成される年縞と仮定して,その枚数から年代を推定するとHn火山灰は4500〜5000年前になる.

 これらの年代は松井・井上(1971)による三瓶火山第6活動期の年代と重なる.しかし,松井(1997)はHn火山灰の鉱物組成から,第7活動期活動期に対比される可能性が高いと指摘しており,対比については未解決である.


(2)島根大学構内遺跡深町地区

 松江市の島根大学構内遺跡深町地区の発掘調査では,内湾奥汀線付近の堆積層にアカホヤが挟まれ,その上位に三瓶火山灰層が確認されている(島根大学埋蔵文化財調査研究センター,1998編).

 この火山灰は,層厚0.3cm以下,極粗粒砂〜細粒砂サイズで,斜長石,石英,角閃石,黒雲母,デイサイト質岩片(軽石)を主体とする.構成粒子が新鮮な割れ口を示すことから降下火山灰と判断できる.

 この火山灰の直下で4470yr.BPの14C年代が得られており,これは三瓶火山第6活動期の年代に近い値である.


(3)出雲市大津町ボーリング(OT1)

 出雲市大津町の斐伊川左岸の支谷で掘削されたOT1コアでは,アカホヤの上位に三瓶火山灰層が確認されている(島根県教育委員会,未公表資料).

 OT1では深度19.9mにアカホヤがあり,その上位の深度13.1mに三瓶火山灰層が挟まれる.この火山灰層は,層厚10cmである.第3図に示すように,下部が降下堆積の火山灰層で,上部はそれが二次堆積したものとみられる.降下堆積部は,下底部の厚さ0.3cmが粗〜中粒砂サイズの粒子からなり,その上の厚さ2.5cmが泥サイズのごく微細な粒子からなる.二次堆積部は粗〜中粒砂サイズと泥サイズの粒子が混じって含まれ,全体としては上方へ細粒化している.鉱物組成は,斜長石,石英,角閃石,黒雲母,デイサイト質岩片(軽石)を主体とする.

 この火山灰層の年代を示す資料はこれまでのところ得られていない.


(4)神戸川河岸のボーリング(R12)

 出雲市西部の神戸川河岸の複数のボーリングコアでは,アカホヤの上位に2〜3枚の三瓶火山灰層が確認されている(中村ほか,1994).

 この火山灰は,層厚0.5〜2m,大部分が泥サイズの細粒物からなる.砂サイズの粒子の組成は,斜長石,石英,角閃石,黒雲母,デイサイト質岩片(軽石)を主体とする.

 この火山灰は層厚が厚いので,降下堆積したものであれば周辺の丘陵地にも分布している可能性が高いが,同質の火山灰層は全く認められない.神戸川上流には三瓶火山の火砕流および降下火山灰が厚く堆積しており,その二次堆積物の可能性が高い.したがって,2〜3枚の火山灰層のそれぞれを三瓶火山の活動と直接対比することは出来ないと思われる.


(5)その他

 安来(能義)平野の複数のボーリングコアで,斜長石,石英,角閃石,黒雲母を含む火山灰層が確認されており,三瓶火山灰の可能性がある(中村・グェン,1996).

 加藤ほか(1998)は鳥取県羽合町の東郷池で掘削されたボーリングコアにみられる火山灰層が,斜長石の結晶を含むこと,アカホヤの上位にあることから三瓶火山起源と推定しているが,層相や鉱物組成についての記載がなされておらず,詳細は不明である.

 木次町教育委員会(1997編)は,木次町平田遺跡の堆積層に軽石が含まれる層準があることから,この層準の堆積時期を三瓶火山の活動期と関連づけている.しかし,土壌中に軽石が点在するという産状から二次堆積物であることが明らかで,三瓶火山の活動期と直接関連づけることには問題がある.


各地点の火山灰層準

図2.各調査地点における火山灰層準


5.まとめ

 上記のOH94,島根大学構内遺跡,OT1では,降下堆積したと考えられる三瓶火山灰層がそれぞれ1枚ずつ確認されている.OH94と島根大学構内遺跡の三瓶火山灰層は,花粉分析と14C年代から三瓶火山第6活動期の活動期に近い降灰時期が推定されるが確実ではなく,いずれも,三瓶山麓に分布する火山灰層との対比は不明である.その理由は,三瓶火山の第6活動期と第7活動期の活動に伴う火山灰は,鉱物組成が基本的に同じなので,層序が明らかな場合以外はこれを区別することが困難なためである.

 今後,より多くの地点で三瓶火山灰層が確認されてくることで,層準と分布範囲が特定されれば,三瓶火山の活動期との関係も明らかになってくると期待される.


謝辞:島根県教育委員会には未公表ボーリングデータを使わせて頂いた.松井整司氏には三瓶火山について御助言いただいた.ここに記して御礼申し上げます.


中村唯史(1999)島根県の完新世火山灰層-とくに三瓶火山起源の火山灰層について-.島根県地学会誌,14,7-11.を一部改変


文献

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建設省中国地方建設局・島根県教育委員会,1998編:板屋III遺跡,志津見ダム建設予定地内埋蔵文化財発掘調査報告書5.

木次町教育委員会,1997編:平田遺跡.木次町文化財調査報告書4.

町田 洋・新井房夫・森脇 広,1981:日本海をわたってきたテフラ.科学,51,562-569.

町田 洋・新井房夫,1992:火山灰アトラスー日本列島とその周辺ー.東京大学出版会,276p.

松井整司,1994:三瓶多根火砕流の14C年代.島根県地学会誌,9,43-51.

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