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地層観察の手引き

■宍道湖の底から太古の森が見える

 早朝、もやがかかる湖面に響くシジミ漁船のエンジン音。国内屈指の生産量を誇るヤマトシジミは、海水と淡水が混じる宍道湖の生態系のシンボル。 そして、中海へと続く広い汽水域を構成し、そこは水鳥の一大越冬地としてラムサール条約に登録されています。この宍道湖の環境は、太古から変わらずに続いてきたのでしょうか? その答えは、宍道湖の底にたまった泥に記録されています。


宍道湖のシジミ漁

宍道湖のシジミ漁風景


 宍道湖の湖底には、約1万年間にわたり堆積し続けた泥の層があります。泥は大きくかき乱されることなくたまり続けていて、地層が堆積した時代の目印になる火山灰層も挟まれています。また、泥の中には、プランクトンの殻や花粉が含まれていて、それらは泥がたまった時代の環境を教えてくれます。例えば、泥から花粉を抽出してその種類を調べると、時代ごとにどのような植物が多かったかを知ることができます。宍道湖の湖心付近の場合、陸地からある程度離れているので、そこにもたらされた花粉は風で運ばれたり、川に運ばれて宍道湖に流れ込んだものです。すなわち、局地的な植生ではなく、ある程度広い範囲の植生を反映している可能性が高いと言えます。 約1万年間の花粉の産出量の変化からは、いくつかの明瞭が傾向が読み取れます。ひとつは、7000〜8000年前を境に、ブナとカシ・シイ類の花粉の出現量が入れ替わります。宍道湖の集水域にあたる範囲の森林が、冷温帯に多いブナが優先する森から、暖温帯に多いカシ・シイが多い森に変化したことを示しているようです。同様の変化は、西日本の各地で確認されていて、最終氷期の寒冷な気候から、後氷期(現世)の温暖な気候への変化に伴うものと考えられています。


宍道湖湖底堆積層の花粉ダイヤグラム

宍道湖湖底堆積層の花粉ダイヤグラム


 花粉の出現量のもうひとつの明瞭な変化として、300〜400年前頃からカシ・シイ類が急減し、マツ属の出現量が急増することがあります。裸地を好むマツの増加は、山林伐採など人的開発の影響を反映しているとみられます。
ブナとカシ・シイ類の花粉が示す宍道湖周辺の植生変化をもたらした気候変化は、宍道湖の地形や水域環境にも大きく影響しました。水域環境の変化は、泥の中に含まれる珪藻などのプランクトンの構成種の変化から知ることができます。宍道湖の場合、7000年前頃までは海水の流入量が多い環境で、その後は閉鎖的な環境に変化したことがわかっています。2000年前頃の地層にはヤマトシジミの殻が多量に含まれ、弥生時代頃の宍道湖は現代と同じように多くのシジミが生息していたようです。そのような水域環境の変化は、気候変化に伴う海水準の変動と、河川が供給する土砂の堆積作用によってもらたらされました。

 海水準変動による海岸地形の変化は劇的です。2〜1.8万年前頃の最終氷期最寒冷期の海面は、現在より約100mも低下していました。当時、海岸線は大社湾の沖合にあり、宍道湖一帯は低平な谷地形だったのです。約1.1万年前に最終氷期が終ると、気候は急速に温暖化し、それにともなって海面上昇が生じました。100年間で1mもの速度での海面上昇が数千年間続いたのです。谷だった宍道湖一帯は海没し、東西に細長い湾が形成されました。海面上昇は7000年前頃には一段落し、その後は現在とほぼ同水準で推移しました。
海面高度がほぼ一定になると、内湾では河川が運ぶ土砂によって三角州が前進し、平野の拡大が生じます。約7000年前に存在した湾は、外海(大社湾側)に近い場所に規模の大きな河川、斐伊川、神戸川があります。この2河川が運んだ土砂が出雲平野を拡大し、湾を閉塞して宍道湖が形成されました。

 斐伊川、神戸川による出雲平野の形成は、それぞれの河川の流域の地質を反映した極めて特徴的なものでした。神戸川の上流には三瓶火山があります。過去に7回の活動期があり、5000年前と4000年前の活動期には、神戸川流域にもたらされた火山噴出物によって出雲平野西部の急激な拡大がありました。出雲平野西部の微高地にはおもに弥生時代以降の集落遺跡がいくつも立地していますが、その微高地の大半は三瓶火山の活動に伴って形成されたものです。一方、斐伊川の流域の大半は花崗岩地帯です。中世〜江戸時代以降、風化した花崗岩から取り出した砂鉄を用いる製鉄が大変盛んになり、その影響により斐伊川の砂供給量は著しく増大しました。江戸時代から近代には、その砂を用いて宍道湖の浅瀬を半人工的に埋め立てる新田開発も行われました。出雲平野東部には、製鉄の影響で排出された砂が広く厚く堆積しているのです。


中海・宍道湖地域の縄文時代の古地形変遷

中海・宍道湖地域の縄文時代の古地形変遷


 上記のように、宍道湖とその周辺の環境は地球規模の変化や局地的な自然現象、人的開発の影響に応じてゆっくりと、しかし、時には劇的に変化してきました。宍道湖の湖底の泥に刻まれた過去の環境の記録は、現代の環境も自然の移ろいの一断面であると教えてくれます。それは、今とこれからの私たちと湖の関わりを考える時、参考になるかも知れません。

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