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地層観察の手引き

■淀江潟の古地理変遷

はじめに

 鳥取県淀江町には日本海に北面する小規模な沖積低地(淀江平野)があり,その周囲には主に縄文時代から古代までの遺跡が集中的に存在する.
淀江町の遺跡から出土した遺物には上淀廃寺の日本最古級の彩色仏教壁画や本州では唯一の石馬(石製の馬像)など北九州や大陸文化の影響がみられるものが多く,他地域との交流が行われていたと推定されている.その中心となったのが淀江平野にかつて存在した潟湖(淀江潟)で,天然の港として機能したと考えられている(淀江町教育委員会,1992編).
中村ほか(1994)は淀江平野のボーリングコアについて検討し,縄文海進期に淀江潟が存在したこと,淀江潟の終焉期に珪藻土層が形成されたことを確認した.これを機に,淀江町,島根大学,鳥取大学の共同によって淀江潟の古地理復元のためのボーリング調査が行われ,1994年に2本,1995年に3本のボーリングコアを採取した.これらについて検討した結果とさきに報告した資料とあわせて淀江潟の形成史について述べる.


淀江平野と周辺の地形・地質の概要

淀江平野は大山火山の側火山である孝霊山(751m)の西麓に位置する(図1).日本海に北面し,平野の北部には砂州列が発達する.砂州列は佐陀川,日野川を挟んで弓ヶ浜砂州に連続する.
砂州列の南側に平坦な沖積低地(三角州)面が広がり,ここにかつて淀江潟が存在した.沖積低地の地下にはかつての淀江潟の湖底堆積層である軟弱な泥層が分布し,その厚さは西側ほど厚く,最大10mをこえる.この泥層にアカホヤ火山灰と珪藻土層が挟まれる(中村ほか,1994).平野の東には扇状地,南には段丘が発達する.扇状地と段丘はおもに大山火山起源の石英安山岩礫と火山灰で構成される.
大山火山は1.8万年前頃まで火山灰噴出を伴う火山活動を行っていた第四紀後期の火山である.平野の西には壷瓶山(113m)が沖積低地と接する.平野の南の段丘から流れる宇田川と孝霊山から流れる天井川が平野で合流して流れる.平野の周囲には湧水地が多く存在する.


fig1

図1


ボーリング試料の検討

ボーリング位置と方法

 淀江潟の古環境復元のためのボーリング調査は淀江町によって行われたものである.掘削作業は有限会社サンインリサーチによって行われた.1994年秋に2地点(YB941,YB942),1995年春に3地点(YB951,YB952,YB953)の5地点でコアが採取された(図2).分析作業はおもに島根大学で行った.


fig2

図2


YB941:淀江小学校から東へ150m.水田.標高1.5m.地表から掘削深度(以下,深さ)9.2mまでコア採取.地表から深さ7mをシンウォールサンプラーによる不撹乱コアの連続採取.深さ7〜9.2mをロータリー式サンプラーによるオールコア採取.

YB942:山陰本線淀江駅から南へ200m.水田.標高1.5m.地表から深さ7.8mまでコア採取.地表から深さ7.8mまでシンウォールサンプラーによる不撹乱コアの連続採取.

YB951:宇田川と天井川の合流地点から北へ350m.水田.標高2.3m.地表から深さ4.5mまでコア採取.地表から深さ1.0mをロータリー式サンプラーによるオールコア採取,深さ1.0〜3.8mをシンウォールサンプラーによる不撹乱試料の連続採取.深さ3.8〜4.5mをロータリー式サンプラーによるオールコア採取.

YB952:淀江中学校地内.標高5.0m.地表から深さ22mまでコア採取.地表から深さ22mをロータリー式サンプラーによるオールコア採取.

YB953:山陰本線淀江駅の南西300m.畑地.標高3.5m.地表から深さ9mまでコア採取.地表から深さ9mをロータリー式サンプラーによるオールコア採取.


ボーリングコアの層序と層相

 淀江平野で採取した5本のボーリングコアの柱状図を図3に示し,層序と層相を以下に述べる.


fig3

図3


YB941:地表から深さ0.3mは現在の水田耕作土である.深さ0.3〜2.0mは暗灰褐色を呈し,腐植を多く含み,若干砂分を含んだ軟弱な泥層である.深さ2.0〜2.8mは珪藻土層である.色は黄褐色を呈する.この層準は多量の珪藻殻と腐植からなり,無機砕屑物からなる泥分は相対的に少ない.珪藻殻に富む部位と泥分や腐植に富む部位がそれぞれ厚さ20cmで互層する.両者の境界は漸移的である.
この珪藻土層は図2でB−B'として示した位置で米子バイパス建設工事にともなって建設省によって行われたボーリングでも認められ,淀江平野の標高2m以下の沖積低地面の地下に厚さ2m未満の地層として面的に分布することがわかる(中村ほか,1994).深さ2.8〜6.7mは暗灰褐色の軟弱な泥層である.この泥層の深さ5.7mに後述のようにアカホヤ火山灰が挟まれる.また,深さ4.2mに厚さ3cmの砂層,深さ4.8m,5.1m,5.4mにそれぞれ厚さ2〜1cmの灰色の泥からなるバンドが挟まれる.泥層最下部の深さ6.6〜6.7mは砂分を若干含み,貝化石,有孔虫化石が含まれる.貝化石は大部分が小片で,合弁のイタボガキ1個体がほぼ完全な形で含まれる.有孔虫化石はAmmonia beccarii,Trochamina hadaiが優先する.泥層の他の層準には貝化石,有孔虫化石は含まれない.深さ6.7〜9.4mは礫層である.礫は直径5cm以下の円礫〜亜円礫の石英安山岩からなり,基質は泥である.小片状の貝化石を含み,礫にはフジツボが付着した痕跡のあるものが含まれている.

YB942:地表から深さ0.2mは現在の水田耕作土である.深さ0.2〜1.6mは暗灰褐色を呈し,腐植を多く含み,若干砂分を含んだ軟弱な泥層である.深さ1.6〜2.0mは珪藻土層である.色は黄褐色を呈する.この層準は多量の珪藻殻と腐植からなり,無機砕屑物からなる泥分は相対的に少ない.珪藻殻に富む部位と泥分や腐植に富む部位がそれぞれ厚さ20cmで互層する.両者の境界は漸移的である.深さ2.0〜2.7mは茶褐色を呈する泥層で,珪藻土層に似た層相であるが若干泥分が多く含まれる.深さ2.7〜5.9mは暗灰褐色の軟弱な泥層である.この泥層の深さ4.7mに後述のようにアカホヤ火山灰が挟まれる.深さ5.9〜7.6mは褐灰色の砂質泥層である.深さ7.6〜7.0mは火山灰質のよく締った泥層である.上部は黒褐色で下方へ漸移的に色が明るくなり,古土壌とみられる.この層準は固結度と層相から更新統とみられる.

YB951:地表から深さ0.2mは現在の水田耕作土である.深さ0.2〜1.2mは暗褐灰色のやや締った砂質泥層である.深さ1.2〜2.5mは暗黄褐色で,腐植を多量に含む軟弱な泥層である.深さ2.5〜2.7mは褐灰色の軟弱な砂質泥層である.深さ2.7〜4.2mは火山灰質でよく締った泥層である.深さ4.2〜4.4mは礫層である.深さ2.7m以深は固結度と層相から更新統とみられる.

YB952:地表から深さ3.5mは暗黄色の砂層である.中粒砂を主体とし,深さ1.2m,3.2mに直径5cm以下の円礫を含む.深さ3.5〜4.5mは砂礫層である.直径5cm以下の円礫〜亜円礫と粗粒砂からなる.深さ4.5〜5.0mは黒色の砂層である.中粒砂を主体とする.深さ5.0〜7.0mは礫層である.直径5cm以下の円礫〜亜円礫を主体とする.深さ7.0〜10.5mは黒褐色の砂層である.粗粒砂を主体とする.深さ10.5〜18.5mは軟弱な泥層で,深さ15.5mを境に上下で若干層相が異なる.深さ10.5〜15.5mは暗青灰〜暗褐灰色を呈し,厚さ30cm未満の砂〜泥質砂層が挟まれる.貝化石片が含まれる.深さ12.8mに後述のようにアカホヤ火山灰が挟まれる.深さ15.5〜18.5mは褐〜黒褐色を呈し,貝化石は含まない.

YB953:地表から深さ2.2mは黄褐色の砂層である.中〜細粒砂を主体とし,深さ0.4m,1.0m,2.2mに直径5cm以下の円礫を含む.深さ2.2〜4.4mは砂質泥層である.深さ4.4〜7.7mは暗灰褐色の泥層である.深さ7.7〜8.4mは礫層である.直径5cm以下の円礫〜亜円礫を主体とする.深さ8.4m以深は火山灰質でよく締った泥層である.深さ8.4m以深は固結度から更新統とみられる.


ボーリングコア中のアカホヤ火山灰層

 アカホヤ火山灰は縄文海進の高頂期に降灰した広域火山灰で,完新統層序を検討する上で有効な鍵層である.淀江平野では中村ほか(1994)が平野下の完新統泥層に挟まれるアカホヤ火山灰を報告している.今回行われたボーリングではYB941,YB942,YB952の3本でガラス質細粒火山灰層が泥層に挟まれているのが確認された.
なお,YB951の地点は標高が高く,完新統が薄いことからアカホヤ火山灰の層準が存在しない可能性がある.YB953では泥層中にアカホヤ火山灰の層準が存在すると推定できるが,地層としては見い出されず,堆積後の撹乱を受けた可能性が高い.3本のボーリングで確認された火山灰はいずれも細粒砂サイズの粒子からなり,大部分が火山ガラスからなる.火山ガラスの形態は多量のバブルウォール型と少量の筋状に発泡した軽石型である.斑晶鉱物はシソ輝石,普通輝石がごく少量含まれる.また,YB941,YB942の火山灰層に含まれる火山ガラスの化学組成を島根大学汽水域研究センターのJEOL8800M型EPMAを用いて分析した(表1).
以下に述べるYB941,YB942,YB952の火山灰層の鉱物組成,火山ガラスの形態は町田・新井(1978)のアカホヤ火山灰の特徴と一致し,また,表1に示したYB941,YB942の火山灰層に含まれる火山ガラスの化学組成は町田・新井(1992)に示されたアカホヤ既知試料中の火山ガラスの化学組成と一致する.したがって,これらの火山灰層はアカホヤに対比できる.それぞれの火山灰層の産状と特徴を以下に記載する.

YB941:深さ5.7m(標高-4.2m)に,厚さ1.3cmの層状に挟まれる.細粒砂サイズの粒子からなり,多量のバブルウォール型火山ガラスと少量の筋状に発泡した軽石型火山ガラスおよび微量の斑晶鉱物を含む.斑晶鉱物はシソ輝石,普通輝石が含まれる.肉厚のバブルウォール型火山ガラスは褐色を帯びるものが多い.

YB942:深さ4.7m(標高-3.2m)に,厚さ1cm以下のパッチ状に挟まれる.細粒砂サイズの粒子からなり,多量のバブルウォール型火山ガラスと少量の筋状に発泡した軽石型火山ガラスおよび微量の斑晶鉱物を含む.斑晶鉱物はシソ輝石,普通輝石が含まれる.肉厚のバブルウォール型火山ガラスは褐色を帯びるものが多い.

YB952:深さ12.8m(標高-7.8m)に,厚さ1cmの層状に挟まれる.細粒砂サイズの粒子からなり,多量のバブルウォール型火山ガラスと少量の筋状に発泡した軽石型火山ガラスおよび微量の斑晶鉱物を含む.斑晶鉱物はシソ輝石,普通輝石が含まれる.肉厚のバブルウォール型火山ガラスは褐色を帯びるものが多い.


table1

表1


YB941コア中の貝化石の14C年代

 YB941の深さ6.7m(完新統泥層最下部)に含まれる貝化石(イタボガキ,合弁1個体)と深さ6.7〜6.9m(礫層上部)に含まれる小片状の貝化石について14C年代を島根大学汽水域研究センターに依頼して測定した.分析に供した試料は希塩酸で表面約10%を除いた後,ベンゼン液体シンチレーション法により計測し,それぞれ6885±130yrs.B.P,5450±210yrs.B.Pの年代が得られた.ただし,δ13C値による補正は行っていない.前者の年代は,供試料の貝化石が含まれる層準より上位に挟まれるアカホヤ火山灰の14C年代との比較から,妥当な値であると判断できる.後者の貝化石の年代はこれより上位の前者の年代より若く,さらに,泥層に挟まれるアカホヤ火山灰よりも若い.この年代については供分析試料が小片を集めたものだったため,ボーリング試料採取時の上層からの落ち込み,または,地下水によって貝表面が現代炭素へ置換されることによって若返った可能性がある.


炭素・窒素分析

 堆積物中の有機炭素はおもに動植物プランクトンや陸上高等植物に由来する.一方,窒素はおもにアミノ酸に由来する.一般に陸上高等植物のC/N比(炭素濃度/窒素濃度)は15以上を示し(例えばHedges et al, 1986),プランクトンのC/N比は5〜6である(Bordoskiy, 1965a,b).以上のことから堆積物中の炭素・窒素濃度は堆積環境を示す指標とされている.
そこでYB941,YB942の泥試料について,炭素・窒素分析を行った.試料は75℃で24時間乾燥した後,200メッシュ程度に粉砕し,1N塩酸で炭酸塩を除去した.これを柳本製作所CHNコーダMT-3型で分析し,全有機炭素(TOC)濃度と全窒素(TN)濃度およびC/N比を求めた.その結果を図4に示し,それぞれのボーリングコアについてのTOC,TN,C/N比の傾向を以下に記載する.


fig4

図4


YB941

TOC:深さ0.2〜2.0mの泥層では上方へ値が高くなる傾向があり,最上部で最も高く13.8%である.深さ2.0〜2.8mの珪藻土層では4.2〜8.1%の高い値を示す.深さ2.8〜6.7mの泥層では最下部の深さ6.6m以深で1.2〜1.3%とやや低く,その他の層準では2.0〜3.1%の範囲で上方へ向かってわずかに増加する傾向がみられる.

TN:深さ0.2〜2mの泥層では上方へ値が高くなる傾向があり,最上部では最も高く0.95%である.深さ2.0〜2.8mの珪藻土層では0.49〜0.76%の高い値を示す.深さ2.8m〜6.6mの層準は深さ4.3mを境にして,これより下部では0.18〜0.23%でほぼ一定の傾向を示し,上部では0.24〜0.41%で上方へ値が高くなる傾向がある.深さ2.8〜6.7mの泥層では最下部の深さ6.6m以深で0.13〜0.14%のやや低い値を示し,4.5〜3mで上方へ向かって増加する傾向がみられる.

C/N比:深さ6.6m以深では9前後の低い値で,これより上位では上方へ値が小さくなり,泥層と珪藻土層の境界の深さ2.8mで変化が大きく,値が大きくなる.


YB942

TOC:深さ0.2〜2.7mでは4%以上で,珪藻土層の深さ2.0mで8.5%のピークを示す.深さ2.7〜5.9mでは2.3〜3.0%の範囲でほぼ一定である.深さ5.9〜7.6mの砂質泥層では深さ6.8mを境にして,これより下部では3.23〜3.60%とやや高く,上部では1.46〜1.85%とやや低い値を示す.

TN:深さ0.2〜2.7mでは0.5%以上で,珪藻土層の深さ2.0mで0.71%のピークを示す.深さ2.7〜5.9mでは深さ3.7mを境にして,これより下位では0.23〜0.31%でほぼ一定の傾向を示し,上部では0.37〜0.61%で上方へ値が大きくなる.深さ5.9〜7.6mの砂質泥層では0.14〜0.29%である.

C/N比:深さ0.2〜2.7mではTOCがピークを示す深さ2.0mで12.0のピークを示すほかは上方へ値が大きくなる傾向がある.深さ2.7〜5.9mではTNの傾向が変化する深さ3.7mを境にして,これより上位では値が小さい.深さ5.9〜7.6mの砂質泥層では深さ6.8mを境にしてこれより下部では12.3〜13.2と大きく,上部では6.6〜9.7で変動する.深さ2.0〜5.9mの泥層では深さ3.7mを境にして,これより下位で値が大きく,上位で小さい.


堆積環境についての検討

 YB941とYB942のTOC・TN・C/N比を比較すると,YB941の深さ6.7m以深とYB942の深さ5.9m以深は層相が異なるために互いに対応させることができない.これらの層準は淀江潟の形成初期に陸域から水域へ変化する過程の局地的な堆積環境を反映していると考えられる.これらより上位ではそれぞれの傾向がよく対応し,淀江潟の環境変化を反映していると考えられる.以下にそれぞれの対応する層準について下位から述べる.
 YB941の深さ4.3〜6.6m,YB942の深さ3.7〜5.9mはTOC,TNおよびC/N比がほぼ一定である.この層準では陸源有機物供給量とプランクトン生産量のバランスが一定だったと考えられる. YB941の深さ2.8〜4.3m,YB942の深さ2.7〜3.7mはTOCはほぼ一定であるが,TNが上方へ増加し,C/N比が低くなる.プランクトン生産量が陸源有機物の供給量に対し相対的に減少したことを示す.
 YB941の深さ2.0〜2.8m,YB942の深さ1.6〜2.7mはTOC,TNとも高い.この層準は珪藻土層またはそれに近い層相である.珪藻土層は無機砕屑物の供給量が相対的に減少したことを示すものであるが,C/N比はやや上昇している.プランクトンのC/N比は酸化分解によって上昇することが知られているので(例えばMuller,1977),この時期の底質表層は水深が浅く酸化的であった可能性がある.したがって,珪藻土層形成時には次のような環境だったと考えられる.堆積の進行によって浅くなった水域に水生植物が密に繁り,陸上からの砕屑物の供給を妨げられた.そのために堆積速度が遅くなり,堆積物中の珪藻殻量が相対的に増加した.同時に,水生植物が直接堆積しTOCの起源になった(図5).
建設省によって行われたボーリングでは,珪藻土層を構成する珪藻はFragilaria constrensが優先しこの種が全珪藻の半数近くを占める.随伴種はAchnanthes minutissimで,その他にCocconeis placentula, Cymbella cistula, Cyclotella meneghinina, Synedra ulna, Nitzschia frustulum, Nitzchia amphibia, Rhopalodia gibba, Epithemia zebra, Epithemia turgida, Amphora ovalisが産出する.いずれも淡水生種でCyclotella meneghininaのみが浮遊性種で,他はすべて付着性,または底生種であることから,珪藻土層形成時の環境は水生植物が繁るような水深の浅い淡水の沼地が考えられる(中村ほか,1994).

YB941の深さ0.2〜2.0m,YB942の深さ0.2〜1.6mはTOC,TNおよびC/N比とも高く,いずれも上方へ増加している.珪藻土層が形成された沼地から湿地へ変化して,水生植物がさらに繁茂し,水域が完全に消滅する過程を示すと考えられる.


fig5

図5


淀江潟周辺の縄文遺跡

 淀江潟はアカホヤ火山灰降灰前後の時期には存在していた.その時期の遺跡として渡り上り遺跡がある.この遺跡は中国電力の送電線建設工事にともなって1995年度に淀江町教育委員会によって発掘調査が行われた.淀江平野の南部の沖積低地と扇状地の境界付近の現標高+4mの地点に存在する(図2).
渡り上り遺跡の模式的な断面を図6に示す.縄文時代早期末から縄文時代前期前葉の生活面と,この面を下刻する旧河道が確認され,旧河道を埋める堆積物中にも同時期の遺物が含まれる.生活面は扇状地を構成する直径20〜10cmの亜角礫を主体とする礫層の上面で標高は+2.5〜+3mである.旧河道堆積物は最下部は中礫〜粗粒砂からなる礫層でこれより上位は有機質に富む泥層からなり,厚さ20cm以下の礫層および砂層を挟む.また,旧河道堆積物中に含まれる火山ガラスについて検討した結果,アカホヤ火山灰に特徴的な褐色を帯びたバブルウォール型の火山ガラスが多量に含まれる層準が認められ,肉眼的には火山灰層は認められないが,この層準がアカホヤ火山灰降灰層準と認定することができる.なお,アカホヤ火山灰の上下から出土した土器は縄文時代早期末から縄文時代前期前葉に位置付けられるものである.これらは層位的に連続して出土しており,アカホヤ火山灰との関係が直接明らかにされたことは,縄文土器の編年に貴重な資料といえる.
山陰地域でアカホヤ火山灰と縄文土器の関係が明らかになった例として,松江市の島根大学構内遺跡がある.ここでは九州地方でアカホヤ火山灰直上を特徴づける轟式系統の土器が山陰地域においてもアカホヤ火山灰の直上から出土することが明らかになった(島根大学埋蔵文化財調査研究センター編,1994).渡り上り遺跡では時間的,地域的に島根大学構内遺跡以上に細かな検討が可能と思われる.
土器以外の遺物ではヤスの柄と考えられる棒状木製品や,タモ枠あるいは弓と考えられる弓状木製品,約250点に及ぶ石錘など漁撈に関わるものが多いことが特徴である.また,隠岐島原産の黒曜石が石器と未製品を含めて2000点以上出土した.上述のようにアカホヤ火山灰降灰時には淀江潟は潟湖の環境にあったと考えられ,この地点はその汀線に近い位置にあたることから,渡り上り遺跡は淀江潟を利用した漁撈活動や交易の拠点だったと考えられる.また,渡り上り遺跡の北東約300mにほぼ同時期の鮒が口遺跡があり,同時代の遺物が多量に出土しているが,詳しい報告はなされていない.


fig6

図6


考察

地下地質断面と完新統泥層基底面高度分布

 淀江平野のボーリング資料から推定される地下地質断面図を図7に,完新統泥層基底面(以下,泥層基底面)高度分布図を図8に示す.泥層基底面は同時間面を示すものではないが,泥層堆積開始直前の地形を反映しているといえる.
泥層基底面は西側で深く,沖積低地の西縁では標高−10m以深に達する.これは陸上の扇状地に連続する埋没扇状地の地形面を反映していると考えられる.YB941の泥層基底高度は標高−5mで,周囲に比べて高く,扇状地の傾斜に対応しない.ここでは泥層の下位には貝化石片を多く含み,フジツボが付着した痕跡がある礫も含まれる礫層が分布する.この礫層は海浜礫層と判断でき,これが高まりを構成しているために泥層基底面の地形が周囲の扇状地の地形に対応しないものと考えられ,図8に示すように北東から南西に伸びる礫州が存在するものと考えられる.図7のA―A'断面はこの礫州が上方へ発達して淀江潟を外海から隔てる砂州の原形となったという推定で描いている.砂州の内側のボーリングコアではアカホヤ火山灰の層準付近に貝化石が含まれないが,砂州上のYB952では含まれており,両地点が砂州によって隔てられていた可能性を示すものと考えられる.


fig7

図7


fig8

図8


淀江潟の環境変遷

 淀江平野で行った5本のボーリングと米子バイパス建設工事にともなって建設省によって行われたボーリングについて検討した結果,淀江潟の堆積層である泥層の最下部では内湾生の貝化石や有孔虫を含むが,それより上位ではこれらは含まれず,標高−2〜0mに珪藻土層が挟まれることが明らかになった.このことから,淀江潟の古環境を内湾の時代(Stage1),潟湖の時代(Stage2),沼の時代(Stage3)の3つのステージに分けることができる.層相分布をもとに復元される各ステージの古地理を図9に示す.


fig9

図9


Stage1(内湾の時代):最終氷期以降の海面上昇によって湾が形成された.その湾口部は北東から南西に礫州が発達し,淀江潟の原形が形成された.湾内は海水の交換がよく,内湾性の貝や有孔虫が生息していた.YB941の泥層基底部の貝化石から得られた年代(6885±130yrs.B.P.)は内湾から次の潟湖の環境へ変化する直前を示すと考えられる.

Stage2(潟湖の時代):砂州の発達によって潟湖へ変化した.Stage1では砂州は北東から南西方向に発達したが,日野川三角州の前進にともなって南西から北西方向へも砂州が発達したと考えられる.貝化石が含まれないことから,潟湖は砂州の発達によって閉鎖的になり,海水の交換が悪い環境だったと考えられる.潟湖堆積層の泥層にアカホヤ火山灰(6,300yrs.B.P.)が挟まれる.淀江平野南部の渡り上り遺跡では上述のように遺物包含層中にアカホヤ火山灰の降灰層準が挟まれ,縄文時代早期末から縄文時代前期の土器とともに漁具が多く出土しており,淀江潟が漁場あるいは港として利用されていたことうかがわれる.

Stage3(沼の時代):潟湖が埋積されて水深が小さくなり,水生植物が繁る淡水の沼に変化した.その後,さらに埋積され湿地となり淀江潟は消滅した.この段階で淀江潟は港として使うことは不可能となったと考えられる.この時期を直接示す証拠は得られていないが,YB941の泥層基底部からアカホヤ火山灰までの平均堆積速度(1.7mm/y)から,珪藻土層下底の年代を求めると4,600年前となる.中海では7000〜6000年前の温暖期には2,500年前前後の冷涼期よりも堆積速度が3〜4倍大きかったこと(三瓶ほか,1996)などから考えて,淀江潟においても同様の堆積速度の変化があったとすればこの年代はさらに若くなる可能性があるが,少なくとも上淀廃寺が創建された年代(1,300年前)とは大きくかけ離れている.したがって,上淀廃寺の創建時にはすでに淀江潟は沼地化していたと推察される.淀江潟に舟が入れるような水路が開口していたとすると海水の流入がおこるはずであるが,沼の環境を示す珪藻土層を構成する珪藻はすべて淡水生種であることから沼地への海水流入はなく,舟が入り得る水路は存在しなかったと考えられる.


まとめと今後の課題

・淀江潟は後氷期の海面上昇期に形成され,形成直後は海水の交換がよい環境だった.アカホヤ火山灰が降灰した6,300yrs.B.P.には閉鎖的な環境の潟湖として存在し,当時の汀線付近に立地する渡り上り遺跡からは多量の漁具が出土している.その後,淀江潟は埋積され,淡水の沼地となって消滅した.上淀廃寺の創建時には海とつながっていた淀江潟はすでになく,沼沢地となっていたはずであり,これまでに描かれてきたような港としては機能していなかったと考えられる.ただし,沼沢地から流れ出る河川(宇田川)の河口部を港として利用することは可能だったかもしれない.

・潟湖とその周辺での文化成立の関係は,特に潟湖が多く点在する日本海沿岸地域に共通した課題である.その典型例である淀江潟と上淀廃寺の関係を明らかにするためには珪藻土層が形成された年代が重要である.今回は泥層の堆積速度が一定と仮定して年代を概推したが,珪藻土層そのものの年代を測定することが必要である.また,これから淀江低地で遺跡調査が行われる際に遺跡堆積層の堆積環境を明らかにし,時代ごとの古地理の面的な情報の蓄積が淀江潟と上淀廃寺の関係を明らかにすることにつながると思われる.


謝辞

本研究は鳥取県淀江町の森本和夫町長に町として全面的にご協力いただくことで行われた.島根大学地球資源環境学教室の沢田順弘先生には火山ガラスの分析について,三瓶良和先生には炭素・窒素分析とその解釈について御指導いただいた.ここに記して感謝いたします.


文献

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