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大田の地形と地質

地層観察の手引き

■宇生賀の埋もれ木〜太古の森と火山地形〜

1.“埋もれ木”とは

宇生賀盆地から出土した埋もれ木

宇生賀盆地から出土した埋もれ木。農事法人埋もれ木の里で保管されているもの。

(1)埋もれ木の意味

 埋もれ木は地中から出土した古い時代の樹木のことで、普通、材の状態をとどめて石化していないものをさす。埋れ木のなかには、木工の材料などに使うことができるものもあり、スギやヒノキは良い状態で残ったものが多い。木工芸の世界では良質なスギの埋もれ木は「神代杉」と呼ばれて珍重されている。
 自然科学においては、埋もれ木は過去の植生の一端を示す資料となる。特に生育当時の地盤に根を張った状態の樹木が多数残る残るものは、その地点の古植生の「動かぬ証拠」として重要で、“埋没林”または“化石林”と呼ばれる。宇生賀の埋もれ木は、根株が多数残存していることから、埋没林に相当する。山口県日本海側の中山間地における縄文時代後期末の森林植生の一端を示すとともに、堆積作用によって湖沼が湿地化して陸化する過程での植生変化を示す資料としても貴重である。

多数の埋もれ木が出土した宇生賀盆地

多数の埋もれ木が出土した宇生賀盆地。超軟弱地盤で、盆地内は水田に利用されている。

(2)各地の埋没林

 埋没林、化石林はかなり貴重なもので、ある程度の規模を有するものは全国でも30〜40カ所程度しか知られていない。埋没林という言葉が初めて使われ、その意義が指摘されたのは富山県の魚津埋没林である。昭和初期に富山湾沿岸の海中からスギを中心とする多数の根株が出土したもので、特別天然記念物に指定されている。埋没林の年代は海岸部で約3000年前、沖合に向かって時代が古くなり、相対的な海面変化を示す証拠としても貴重である。
 島根県の三瓶小豆原埋没林はスギを中心とした約4000年前の樹木が長い幹を残したまま残存していることが大きな特徴で、このようなものは世界的にも例をみない。国の天然記念物に指定されている。
 立木状態のものは見つかっていないが、国の天然記念物に指定されているものに、大分県の小野川埋没樹群がある。約9万年前の阿蘇火山の巨大噴火に伴う火砕流(阿蘇4)で押し倒されたスギが多数残存している。同様に、佐賀県の八藤遺跡でも阿蘇4に倒された樹木群が出土している。
 宮城県の富沢遺跡では約2万年前の埋没林とともに、旧石器とシカの糞などが出土しており、氷期の植生と人類史の関係を示す資料として重要である。

日本の主な埋没林

日本国内の主な埋没林。

2.宇生賀の埋もれ木の成因

(1)宇生賀盆地の地形と地質

 宇生賀盆地は日本海側の海岸から直線距離や約8.5kmの内陸にあり、標高約400m、広さは1.5平方kmの盆地である。盆地の大部分は水田として利用され、縁辺の丘陵ぎわに家屋等の建物がある。かつては水はけの悪い湿田だったとされ、地下には軟弱な泥層が厚く分布する超軟弱地盤である。  盆地の周囲を取り巻く形で阿武火山群の噴出物が分布している。阿武火山群は阿武町から萩市に分布する小規模な火山(単成火山)の集まりで、約200万年前から断続的に活動を繰り返した。阿武火山群のひとつ、萩市の笠山は1万年前以降に溶岩噴出と火口丘(スコリア丘)を形成する噴火を行っており、これによって阿武火山群は活火山に指定されている。  阿武火山群の噴出物の一部は、盆地を取り巻く形で分布しており、盆地の形成に直接的に関わっている。

宇生賀盆地周辺の阿武火山群噴出物の分布

宇生賀盆地周辺の阿武火山群噴出物の分布。Qb:玄武岩溶岩、Qa:安山岩溶岩、QS:スコリア丘。水色部分は完新世の堆積物。

(2)宇生賀盆地の形成

 数10万年前から数万年前にかけて、宇生賀盆地の周囲では複数回にわたり火山噴火が生じた。火山噴火以前の原地形は定かではないが、周囲の基盤岩の地形勾配と谷の規模、溶岩の分布状況を見ると、宇生賀盆地から東へ向かって浅い谷が開けていたと思われる。この谷の傾斜は、現在の宇生賀川の流向とは逆である。この地形が火山噴出物によって変化し、現在の地形が形成された。
 宇生賀盆地周辺での火山活動は概ね次のようであった。まず、玄武岩溶岩の噴出があり、溶岩流が浅い谷を埋めた。宇生賀盆地の東西と南側にはこの溶岩があり、盆地の堆積層の下にも一部分布しているとみられる。その後、安山岩溶岩が噴出し、西台(宇生賀盆地の東側)の溶岩台地を形成した。さらに、小さな爆発を繰り返すタイプの噴火によって幾つかの火山砕屑丘が形成された。これらの噴出物に囲まれてでできた窪地部分が宇生賀盆地で、かつてはそこには水がたまり湖沼になっていた。畑中・三好(1980)は、盆地の地表下3mの有機質堆積物から15,500y.BPの放射性炭素年代を報告し、堆積層の最下層の年代を25,000年前頃と推定している。角縁ほか(2000)はこの推定について、盆地の西側のカツエ坂付近などにみられるスコリア丘を形成した火山活動の時期と調和的であるとしている。つまり、数万年前の火山活動によるせき止めで湖沼が形成され、これが土砂によって埋積されて陸化し、盆地になったと考えられている。

宇生賀盆地の表層地下地質模式断面図

宇生賀盆地の表層地下地質模式断面図。湖〜湿地成の軟弱な泥質堆積物が分布している。

(3)スギ林の形成と埋没

 湖沼が埋積されて陸化する過程で、その環境は湖から浅い沼、湿地、陸地という変化を経てきた。これに応じて植生も変化し、湿地の段階でハンノキなどの樹木が生えるようになり、その後、スギ林が成立した(畑中・三好,1980)。なお、宇部賀盆地のスギ林が成立した4000〜3000年前の気候的は近現代とそれほど変わらず、中国地方の低地では尾根筋を中心に常緑広葉樹林が広がり、谷筋ではスギが多く生えていた。
 宇部賀盆地のスギ林は、約3000年のある時点で根元部分が土砂に覆われた。土砂に覆われた原因には2通りが考えられる。ひとつは大雨により河川が氾濫し、盆地の地表を覆って土砂が急速に堆積した場合である。もうひとつは宇部賀川が盆地から流れ出る部分が何らかの理由で閉塞され、盆地内で堆積が進んだ場合である。スギの根株を覆う土砂は後世の耕作等によって攪乱されているため、原因の特定は難しいと思われる。
 根元を土砂で覆われたスギはやがて枯死し、幹は朽ちて失われた。埋もれたことで地下水面より下になった根株部分は酸素に触れない「缶詰」状態になって腐朽を免れ、現代までその形をとどめることになった。なお、埋没しない状態では、根は地下水面より下に伸びることがないため、木が枯死するとやがて根も朽ちて分解され形を失うために残されることはない。

3.巨大な幹を残す三瓶小豆原埋没林

 三瓶小豆原埋没林は島根県大田市にあり、幹の直径が2mを超えるスギの巨木が長い幹を残したままで地中に直立していることが特徴である。長いものでは幹が12m以上残されており、発掘現場に設けられた地下展示室では、約4000年前の森林の一端を垣間見ることができる。直立する長大な幹が残る埋没林は世界的にも極めて珍しい。
 三瓶小豆原埋没林の形成には三瓶山の火山活動が直接的に関与した。三瓶山は三瓶小豆原埋没林の南東約5kmに位置し、阿武火山群とともに活火山に指定されている。約4000年前の三瓶山の噴火は、粘性が高い溶岩が噴出してドームを形成し、それがしばしば崩壊して火砕流を発生させながらドームが大きく成長する「雲仙平成噴火」タイプのものであった。この噴火のある段階で北斜面の崩壊が生じたことで発生した大規模な土石流によって谷のせき止めが生じ、せき止められた谷内に茂っていたスギが埋もれて三瓶小豆原埋没林が形成された。
 埋没林として発見されたのは1998年と比較的新しい。発見の経緯は、三瓶山の火山史を研究していた地元の高校教師、松井整司氏が埋没林の存在を予見し、調査を行ったことによる。松井氏は、1983年に圃場整備が行われた際に出土した立木の写真を見て貴重性を感じ、退職後に独自に現地調査を行った。その結果、火山噴火によって埋もれた埋没林が存在する可能性が高いことが明らかになり、島根県が発掘調査を実施したところ多数の立木が出現し、三瓶小豆原埋没林と命名された。

2016年9月30日阿武町歴史文化講演会資料

付記:宇生賀の埋もれ木の意義

宇生賀の埋もれ木は、約3100年前(放射性炭素年代)に宇生賀盆地に存在した森林の状況を示すという意義がある。さらに、宇生賀盆地の地下には過去数万年分の泥層が連続的に存在しており、その中に含まれる花粉化石は当地における最終氷期中から数千年前(水域が消滅し陸化する頃まで)の植生の変化を示す。最終氷期中から縄文温暖期以降までの植生変化を連続的に解明できる事例は希少で、ここで得られる資料は貴重なものである。
加えて、山口県では秋吉台の石灰岩洞窟から最終氷期以前の大型動物化石が出土している。秋吉台と宇生賀盆地は直線距離で約40kmと近く、標高も似通っている。したがって、オオツノジカを始めとする大型哺乳類が秋吉台に生息していた(その時代は他の場所にも広く生息していたはずだが、秋吉台では化石として残る条件があった)時代の植生を示す証拠としても、宇生賀盆地から得られる資料は貴重である。

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