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さんべ〜風の点描〜

■さんべ〜風の点描(1〜5)

(1)秀峰・三瓶山

三瓶山

鶴降山からみた冬の三瓶山

 島根県の中ほどにそびえる三瓶山。その生い立ちには激しい火山噴火があった。一方で、いにしえから現在まで人の営みと共にあった山でもある。長い時をかけ、人と自然の相互作用が育んだ景観は表情豊かで、自然史のドラマと魅力に満ちている。

 三瓶山の魅力にひとつに優美な山容が挙げられる。西方から望むと、姿が良い3つの峰が並び、それぞれを男三瓶、子三瓶、孫三瓶と命名した先人の感覚になるほどと感心する。その姿を望む絶好の展望地は大田市と美郷町の境にある鶴降山(つるぶやま)。山道を登って山頂に立つと、すぐ目の前に三瓶山がそびえる。周囲の山並みに比べて三瓶山がひときわ高いことを実感できる場所だ。

 三瓶山の標高は1126メートルで、実は島根県にはこれより高い山が15峰以上ある。高いという印象からは少し意外かもしれない。その印象は、三瓶山が中国山地の主軸と無縁に、海岸近くに孤立していることから生まれるものだ。山頂から海岸までは直線で15キロメートルほど。火山噴火によってぽつんと形成されたゆえの立地と言える。

 男三瓶をはじめとする峰の均整のとれた姿も火山地形の特徴。繰り返された噴火は、時に東北地方にまで影響を及ぼし、埋没林の形成など特筆すべき自然現象を演出した。そして、海に近く目立つ存在のため、古くから人々の目にとまり、出雲の国引神話に織り込まれた。実に多彩な顔を持つ山だ。本コラムでは、三瓶山の様々な表情を紹介したい。

(2)空が近い草原

三瓶山

西の原でグランドゴルフを楽しむ人たち

 三瓶山を象徴する風景をひとつだけ選ぶとすれば、それは西の原だろう。

 西の原は背後に男三瓶と子三瓶が迫る草原だ。両峰に挟まれた扇沢を頂点に緩やかなスロープが広がり、芝やススキの柔らかな緑が一面を覆う。休日にはレジャーシートを広げてくつろぐ家族連れでにぎわい、夏休みにはクロスカントリーコースを学生が走り込む。グランドゴルフを楽しむ姿も多い。西の原は人の笑顔が似合う、心地良い場所だ。

 この草原の心地良さは、芝生に寝そべってみると良くわかる。見上げる空が普段よりはるかに広く、近く感じられるはずだ。歩いている時には気付かなかった風の音や鳥の声も聞こえる。そのまま眠り込んでしまいそうだが心配ない。クロボクと呼ばれるふんわりした土のおかげで地面の感触が優しい。しばしの昼寝もたまには良いだろう。

 草原は歴史的にも三瓶山を象徴する景観と言える。江戸時代から牧畜が行われ、牛が草と若木を食べることや、火入れによって草原が保たれてきた。草原を旧陸軍が演習地に使った時代も長く続いた。かつては尾根の上まで草地が広がっていた。

 社会の変化などで草地の利用が減ると、使われなくなった部分には樹木が茂り草原は縮小した。西の原は娯楽などでの利用を目的に草刈りが行われ、春には野焼きも行われて草地を保っている場所だ。三瓶山を訪れる機会があれば、草原に足を踏み入れて欲しい。きっと三瓶山の魅力を体験できるだろう。

(3)紅葉鮮やか室ノ内

三瓶山

大平山展望所から見た室ノ内斜面の紅葉

 晩秋のひと時、三瓶山室ノ内は格別な装いを見せてくれる。木々が赤に黄に色づき、山を染め上げる。山腹の斜面でとりわけ鮮やかな色調を見せるのはウリハダカエデかヤマハゼか。室ノ内は三瓶山随一の紅葉スポットだ。

 室ノ内とは三瓶の峰に囲まれたくぼ地の名。底が平らで、浅めの植木鉢に似た形状をしている。底の平坦部で約20ヘクタールの広さ。尾根をつなぐ縁でみれば周囲約3キロメートルもある。このくぼ地は尾根に囲まれて、外へ通じる谷はひとつもない。紅葉を見るには稜線まで登らなくてはならないのだ。それだけに特別感を感じる景色。幸い、観光リフトで女三瓶と大平山の間の尾根まで一気に登ることができる。リフト終点近くの大平山展望所からは、室ノ内とその周囲にそびえる三瓶4峰を一望できる。麓から見上げる以上に雄大な眺めだ。振り向けば見下ろす高さに中国山地の山並みが連なる。秋晴れの日に出かけてみたい。

 尾根から室ノ内へ下りる登山道もある。道を進み、くぼ地の内側に入ると別世界が待っている。つい先ほどまで聞こえていた麓のざわめきが失せ、時折、鳥の声が深く響く。峰に囲まれた地形ならではの、他では味わうことができない特別な感覚だ。この感覚を生む独特な地形は火山活動の産物。最末期の爆発的な噴火を起こした火口の跡だ。噴火の記憶を忘れたかのように、室ノ内は葉擦れのささやきが聞こえる静けさに包まれている。

(4)峰映す浮布池

三瓶山

湖面に男三瓶、子三瓶を映す浮布池

 三瓶山西麓に静かに水をたたえる浮布池(ルビ:うきぬののいけ)。万葉の歌聖、柿本人麻呂が「君がため浮沼池の菱摘めば・・・」の歌を詠んだ地とも言われる、歴史のロマンを秘めた湖だ。

 その湖岸からの眺めは、三瓶山を代表する風景のひとつ。低い尾根を隔てた先に男三瓶、子三瓶がそびえ立ち、やや隠れ気味に孫三瓶が控えている。風穏やかな日には水面に峰が逆さに映し出され、ひときわ目をひく眺めとなる。ところが、三瓶山へ訪れる人は多いものの、浮布池まで足を延ばす人は少ない。折角の景色を知らずじまいとはもったいない限り。

 現在は観光の動線から外れた感がある浮布池だが、昭和40年頃は随分賑わったという。湖岸にはキャンプ場と遊園地があった。貸ボートで湖面に遊ぶ人があとを絶たなかった。ダンスホールもあり、夜ごとに若者が集い熱気と喧騒に満ちていたそうだ。しかし、やがて人足は遠のいた。熱は面影も残さず霧散し、湖は静けさに包まれた。

 その後、半ば忘れられた状況が続いたが、近年、地域住民主導で浮布池の景観を活かす取り組みが始まった。湖面が見えないまでに育った木は間引かれ、眺望が復活した。展望地に東屋も建てられた。賑わいまでにはまだ時間がかかるかもしれないが、抜群の景観に人麻呂伝承や地域に伝わる昔話を織り込んでゆけば、人々を引きつけるだけの魅力が生まれると期待したい。

(5)山頂大パノラマ

三瓶山

山頂の草原と彼方にみえる大山

 登山の満足度を大きく左右する要素のひとつが展望の良し悪し。三瓶山の山頂はまさに大パノラマ、抜群の眺望だ。

 三瓶山の主峰、男三瓶の山頂は緩やかに起伏する平坦地。草地か砂地で視界を遮るものは何もない。北の眼下には日本海が広がる。海上を進む漁船が見えるほどの近さだ。日御碕が細く延び、付け根にある出雲大社付近から園の長浜が弧を描く。それは、古代出雲の人が国引き神話を紡いだ風景。海の彼方から寄せた国は日御碕から連なる島根半島の山塊。引いた綱が園の長浜、そして留めた杭が三瓶山とされる。杭の頂から神話の場面を一望できる構図。東に目をやると、物語中でもう一本の杭に見立てられた大山がひときわ高くそびえ立つ。

 三瓶山の西には石見銀山がある。大江高山を主峰とする火山の集まりが見え、そのうち最も三瓶山に近い仙ノ山がかつて銀を産した地。銀山隆盛の頃には、仙ノ山山頂にあった街の灯も見えたかも知れない。

 南に視線を移すと、眼下に江の川が流れている。中国山地の脊梁を横切って北流してきた川は、三瓶山にぶつかって曲がったかのように大きく方向を変えて西へ向かう。冷え込んだ日の朝、江の川の谷は霧の海に沈み、山々の頂が島のように浮かぶ。条件が揃った時だけの幻想的な光景。

 山頂からの眺望は天候次第、運次第。全く視界がない日だってある。絶景に会えなければ次こそはと、会えればまた次もと、再び山頂を目指したくなることだろう。

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