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三瓶山関連講座資料

■大田市の自然「三瓶山」

2006年6月5日(月)大田市立第一中学校講演要旨

三瓶山遠景

仙ノ山(大田市大森町)から見た三瓶山。男三瓶山、子三瓶山、孫三瓶山が並び、その向こう側に女三瓶山、大平山、日影山があります。三瓶山は家族の名がついた峰で構成される山です。

・三瓶山は火山です

 大田市に暮らすみなさんにとって、三瓶山は馴染み深い山と思います。この山は昔からこの地域の人々にとって象徴的な存在でした。古くは神様が宿る山として信仰の対象となり、その名残は今も物部神社の祭りなどで見ることができます。大田一中の校歌では古名の「佐比売山」の名前で歌われていることをはじめ、市内の多くの学校が三瓶山の名を校歌に歌っています。この山が古くから地域の象徴であった理由は、大田市でもっとも高い山であり、ふもとの町からもよく見えるためです。

 三瓶山は鳥取県の大山とともに中国地方を代表する山ともされており、歴史的にも出雲国風土記が伝える「国引き神話」に国引きの杭として佐比売山の名が登場します。大田市に限らず、広い地域で特別な山とみなされてきた歴史があるのです。それでは中国地方の最高峰である大山に次ぐ高さを持つかといえばそうではありません。標高1700メートルを超える大山には遠く及ばず、島根県内だけでも三瓶山より標高が高い山が10峰以上あります。

 特に高い山ではないにも関わらず存在感が大きいのは、この山がよく目立つためです。出雲大社の北に迫る山々の山頂に立つと、右に三瓶山、左に大山のふたつがひときわ高く見えます。一番高い大山が高く見えるのは納得できますが、三瓶山が高く見えるのはなぜなのでしょうか。それは、周辺の山に比べると三瓶山はひときわ高い、つまり三瓶山の周辺には高い山が少ないからなのです。

 三瓶山よりも高い山の多くは中国山地の中心部分にあります。これに対して三瓶山は中国山地の中心から北に大きく外れていて、海岸に近い丘陵地帯にぽつんとそびえているのです。中国山地の山々と三瓶山では山の成因が違うことがこの地形の理由です。中国山地の山々は、中国地方全体が1千万年以上かけて隆起することで同時に高くなりました。そのために同じような高さの山が並び、ひとつの山が目立つことが少ないのです。一方の三瓶山は中国山地よりもずっと新しい時代に火山の噴火によって形成されました。周囲に高い山がない場所で火山が噴火して山を作ったことで、形が美しくよく目立つ山が生まれたのです。

・大噴火を起こしたこともある火山

 今は緑に覆われたやさしい風景の三瓶山ですが、過去には大噴火を起こしたこともあります。火山の歴史を振り返ると、およそ10万年前にさかのぼります。約10万年前、静かな丘陵地帯で突然噴火が始まりました。みなさんは火山と聞くと、あらかじめあった山が噴火するとイメージするかも知れません。しかし、火山は生まれたり死んだりします。生まれる時はそれまで火山がなかった場所で噴火がはじまるのです。

 約10万年前の噴火はとても大きく、高く吹き上げられた火山灰は風に運ばれてはるか遠方まで運ばれて降り積もっています。松江市の東にある中海の大根島では、この時の火山灰が1メートル近い厚さで残っています。遠くは東北地方でも見つかっているので、その噴火がいかに大きかったかが想像できるでしょう。この噴火の後、火山は長い間活動を休止します。次の噴火は約5万年前です。この噴火もとても大きく、噴火口から膨大な量の火山灰と軽石を吹き出しました。その噴出物は火口から出た後、地をはうように四方に流れくだりました。大田町のあちらこちらでその地層を見ることができ、大田一中の周辺でも見られます。運動公園や代官山公園のそばに薄茶色の崖があるのがわかるでしょうか。栄町の団地の中や国道9号線の大田市青果市場の裏には高さ10メートルを超える崖があり、これらは5万年前の噴火で流れ下った噴出物の地層です。数百度の温度の火山灰が、時速100キロメートルにも達する速度で流れくだり、10メートルの以上の厚さで辺り一帯を覆い尽くしたのです。もし、今同じ現象が起きたら、大田の町は一瞬で消滅することになります。ここ100年間くらいでは、世界でもこれほど大きな噴火は数例しか発生しておらず、過去10万年間に日本列島で発生した噴火の中でも20番以内に数えられるほどの規模です。

 約10万年前と約5万年前の大噴火の後、三瓶山のあたりはどのような地形だったのでしょう。大噴火で大きな山ができたのでしょうか。それは全く逆で、全てを吹き飛ばすような大爆発だったために山らしい山はなかったと考えられます。つまり、この時には三瓶山は存在していないのです。この時、三瓶山のあたりにあったのは巨大な噴火口でした。現在、三瓶山の麓を一周できる道路があり、道路の側には西の原や東の原、北の原のなだらかな地形が広がります。この地形を地図で見ると、なだらかな地形が三瓶山を取り巻いていることがわかります。このなだらかな地形は南北に長い楕円形をしていて、これが巨大な噴火口の範囲です。南北4.5キロメートル、東西3.5キロメートルを超える規模の噴火口、すなわち穴があったのです。そこには水が溜まって湖になっていた時代もあったかも知れません。今の風景からは想像しにくい話ですが、地形にその名残があるのです。そして、その後も火山は幾度かの噴火を行い、約19000年前の噴火で日影山、約5500年前と約4000年前の噴火で男三瓶山などの峰の大部分が形成されました。

 今紹介した火山の歴史は、地層が教えてくれました。大田一中の周囲に残る火山灰が大噴火を教えてくれるように、ひとつひとつの地層を調べることで火山の歴史が解き明かされます。これによると、三瓶火山は約10万年前から約4000年前までの間に7回の噴火活動を行いました。1回の活動は長くても数年から10数年で、短い時は数日で終わったかも知れません。そう考えると、10万年の火山の歴史の中で噴火していた時間はごくわずかなのです。それ以外の時間は火山は静かに休んでいて、現在もその休みの期間と考えられます。三瓶火山のように繰り返し噴火する火山は50万年から100万年の寿命であることが多く、「10万才」の三瓶火山はまだまだ若く、いつかまた噴火を行う可能性が高いのです。防災のために活動の可能性がある火山は活火山に指定され、三瓶火山も指定されています。地震計などの観測からすぐに噴火する可能性はほぼないのですが、決して「死んだ」火山ではないのです。

大田軽石流堆積物の地層

大田町吉永(栄町団地)でみられる約5万年前の火山噴出物の地層。左側にある高い崖のすべてが1回の火山活動で堆積した噴出物です。

・優しい三瓶山

 激しい火山の歴史と裏腹に、現在の三瓶山はとても優しい風景の山です。三瓶山の特徴は西の原に代表される草原の風景です。60年前まではふもとは全て草原で、男三瓶山以外の峰も山頂まで草原に覆われていました。こんもりとした形の草の山が並ぶ景色はとても印象的だったと聞きます。今は樹木が随分育ちましたが、それでも各所に草原が残り、親しみやすく優しい風景です。

 三瓶山を優しく見せてくれる草原がここにある理由は火山につながります。西の原などのなだらかな地形が田畑に使われずに草原になったのは、そこが牛馬を飼う牧野として使われたためで、その理由は水がなく田畑ができなかったからです。溶岩でできた三瓶山の峰とふもとの火山灰などが積もってできた地形はとても水はけが良く、降った雨はたちどころに地中深くに染み込みます。そのため、地面を流れる水がほとんどなく、田畑に使いにくいのです。そのような土地でも草は生えることから、江戸時代に牛馬の飼育が奨励され、多いときには5000頭を超える牛が三瓶山で飼育されました。牧野として利用されてきたことで草原が維持され、今の景色に繋がっているのです。

 また、三瓶山は希少な動植物が多いことでも知られます。その多くは草原性の生き物です。かつて、江戸時代から明治、大正、昭和の前半までは全国各地に草原が多くあり、オミナエシやナデシコなどの草原性植物は身近なものでした。しかし、草原は少なくなり、これらの植物と草原に住む動物は極端に減少しました。しかし、400年以上にわたって牧野として草原が維持されてきた三瓶山にはこれらが多く残るのです。過去の大噴火によって西の原などのなだらかな地形が生まれ、火山灰土壌のために水がなかったことで牛馬が飼育され、今の景色と希少動植物の宝庫という環境ができたのです。

西の原草原

西の原草原の風景。火山が作り出した大地の特性が長年にわたる牛馬の飼育につながり、現在に伝わる景観を生み出しました。

・石見銀山と三瓶山の意外な関係

 石見銀山は来年(2007年)の世界遺産登録を目指しています。石見銀山は歴史の出来事で三瓶山とは関係がないように思われがちですが、大きな共通点があります。
 三瓶山の山頂から西を見ると、いくつもの山が集まった一角があります。その中で一番高い山が大江高山です。周辺のなだらかな地形と比べると奇妙な印象を受ける山の集まりは、三瓶山と同じく火山の噴火で生まれました。最高峰の大江高山の名をとって「大江高山火山」と呼ばれる火山です。この火山の作用が石見銀山を作り出したのです。

 石見銀山の銀が取れたのは仙ノ山という山です。大江高山火山の峰のひとつで、およそ150万年前に活動した火山です。この火山活動によって山の地中に銀が濃縮され、その銀が世界の歴史を動かすほどの役割を果たしたのでした。

 国立公園として自然の宝物である三瓶山、世界遺産の候補となっている歴史の宝物である石見銀山。大田市にあるふたつの宝物はいずれも火山の作用によってできた大地からの贈り物であることを紹介して、今日のお話を終わります。

大江高山火山

三瓶山からみた大江高山火山の全景。いくつもの火山の峰が集まる一角に石見銀山があります。石見銀山の銀鉱床はこの火山の活動によって生まれ、周辺の山々には銀山守衛の山城が築かれたものがあります。

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