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石見銀山の自然史

■古礦録に記載された中国の金銀銅鉱山

はじめに

 石見銀山は国内他鉱山に先駆けて灰吹法を導入するなど、日本の銀鉱山開発を技術面で先導した存在だったと考えられている。一方で中世から近世にかけての鉱山技術の伝播、発達に関する資料は少なく、石見銀山と国内外の他鉱山との技術交流を具体的に説明する物証に乏しい。この点は石見銀山の歴史的な価値の証明にかかる課題となっている。本報告では、19世紀以前の中国の鉱山について記された「古礦録」の附図より作成した金銀銅鉱山の分布図などを示す。

「古礦録」について

 古礦録は1954年に中国の「地質出版社」から刊行された。著者は中国の地質研究における先駆者の一人章鴻 *である。「漢書地理志」にはじまり、漢代から清の時代に至るまでの歴史書から鉱山に関する記述を抽出し、省ごとに記載されている。附図には鉱山の位置と産出する鉱物が記されており、近世以前の中国の鉱業の概要を把握する上で重要な資料である。

 古礦録の冒頭で金銀銅錫について述べられている。銀については、「今の人は中国は銀を産出しないと考えているがそのようなことはなく、昔から産出してきた。特に朱堤(四川省南部)の銀は漢代から有名であった。」という旨の記述がある。

 図1〜3は、古礦録附図をもとに作成した近世以前の鉱山分布である。それぞれの鉱山から産出する鉱物が列記してある元の図から、金、銀、銅を抽出したものである。行政区分は現在の区分にしたがっている。

古礦録に記載の中国の金銀銅鉱山(金)

 第1図 金を産出した鉱山の分布。古礦録附図より作成。

古礦録に記載の中国の金銀銅鉱山(銀)

 第2図 銀を産出した鉱山の分布。古礦録附図より作成。

古礦録に記載の中国の金銀銅鉱山(銅)

 第3図 銅を産出した鉱山の分布。古礦録附図より作成。

漢代以降の銀鉱山の変遷

 図4は漢から清の時代までの、時代ごとの銀鉱山の変遷を示したものである。元の資料はJoseph Needham(1988)、Science and Civilisation in China, Volume 5, Chemistry and Chemical Technology, Part 13, Miningである。126ページに示されている鉱山の分布図と次ページ以降にある鉱山の稼働時期の一覧表をもとに作成した。

古礦録に記載の中国の銀鉱山。時代別にみた銀鉱山の稼働状況

 第4図 時代別にみた銀鉱山の稼働状況。Science and Civilisation in Chinaより作成。

中国の行政区分

 第5図 中国の行政区分

参考文献

章 鴻(金へんにりっとう)(1954):「古礦録」.地質出版社刊.458p.
Peter J. Golas(1999):Science and Civilisation in China, Volume 5, Chemistry and Chemical Technology, Part 13, Mining, Cambridge Univeasity Press, 564p.

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