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石見の火山

■「火山」による日本遺産申請勉強会資料

地域資源勉強会(1)火山に関わる大田市の地域資源(2019年)

地域資源勉強会(2)三瓶山と縄文の森(2020年)

※2年にわたる申請準備の段階で有志で行なった勉強会の資料。

地域資源勉強会(1) 火山に関わる大田市の地域資源

1.三瓶火山

(1)地域の象徴としての三瓶山

 三瓶山は大田市のランドマーク的存在であり、島根県を代表する山でもある。標高は1126mでそれほど高くはないが、海岸から直線距離で15km程度と近く、平野部や海上からよく目立つ山である。

 現在は山岳信仰的な気配はほとんど感じられないが、三瓶町野城の円城寺が三瓶山を修行の地として中世には大きな勢力を持っていた。

 また、大田市内を流れる静間川と三瓶川の水源であることから、田の神、山の神が宿る地として、物部神社や浮布池の邇幣姫神社の祭りに三瓶山への信仰の名残がある。  水源の山としては、出雲平野を流れる神戸川も支流の一部が三瓶山を水源としており、出雲においても三瓶山は特別な山だったという指摘もある。国引き神話において「杭」に見立てられたことも特別性の表れと言えるだろう。

(2)中国地方で最も若い活火山

 三瓶山は活火山に指定された火山で、南北約4.5km、東西約3.5kmのカルデラ内に、男三瓶山を主峰とする溶岩円頂丘が並ぶ火山地形を特徴とする。

 活火山の基準は、過去1万年間に活動した火山または現在活発な噴気等が認められる火山とされており、約4000年前に噴火活動を行った三瓶山はこれに該当する。

 火山としての三瓶山の歴史は約10万年前にさかのぼる。約100万年前に噴出した森田山溶岩の南側で突如火山活動が始まり、その後活動期が7回あったことが明らかになっている。休止期が数千年から数万年におよびそれほど活動的な火山ではないが、活動時には大規模な噴火を伴ったこともある。約10万年前、約7万年前の活動ではカルデラを形成する噴火を行っている。約10万年前の火山灰は東北地方まで達し、約7万年前の火砕流堆積物は大田町内から長久町、久手町にかけて10m以上の厚さで堆積している。

 なお、中国地方で三瓶山に次いで若い火山は阿武火山群に属する笠山(萩市)で、約8000年前に噴火した。

(3)牧野景観の歴史

 三瓶山の景観の特徴は、西の原を代表とする広い草原である。これは、三瓶山で牧畜が盛んに行われてきた歴史に由来する。

 火山の山体は亀裂に富んだ溶岩と火山砕屑物(火山灰と軽石、火山礫など)の堆積によって形成されており、透水性が極めて高いために地表を流れる水が少ない。西の原などの緩斜面は水がないために田畑への利用が困難で、草地があれば可能な牛馬の飼育が盛んになった。その開始は少なくとも江戸時代にさかのぼり、市内に伝わる伝承では17世紀の前半にあった吉永加藤藩の地域振興策の一環として牛馬の飼育が奨励されたとされる。

 緩斜面を利用して大規模な牧畜が長年行われ、明治時代から昭和20年までは陸軍演習地としても併用された。演習地であったことは、土地の開発を規制することにもつながり、広い牧野が維持された。その結果、1963年に火山地形と牧野景観が評価されて国立公園に編入された。

 さんべ名産のソバとワサビも、火山性土壌と関わり深い。

(4)縄文時代の森の意味

 三瓶山の噴火によって埋もれた縄文時代の森が三瓶小豆原埋没林である。この森の意味は、「過去の森林が、樹木とともに土壌まで良好な状態で残され」ており、「人類による山林の開発が進む直前の原始の森の状態を知ることができる」ことにある。

 過去の環境を知ることは、現代の環境がどのような過程を経て成立したかを知る手がかりであり、今後どのように変化するかを推定する根拠ともなり得るものである。過去の環境を知る手がかりのひとつが化石で、三瓶小豆原埋没林は「森の化石」と言える。

 三瓶小豆原埋没林は巨大な幹が直立状態で残存しており、一目で過去の森の規模を実感できる。過去の環境を示す証拠としての価値は幹の有無、大小によって差が生じるものではないが、過去と現代の違いを「実感」できることはこの埋没林の大きな価値と言えるだろう。これほどの規模で幹を残す埋没林は国内に例がなく、世界的にも最大級のものである。

2.大江高山火山・石見銀山

(1)火山が作った石見銀山

 石見銀山は16世紀の開発により銀の量産に成功し、世界的に影響を及ぼす存在となった。その銀生産は、「福石」というこの鉱山独特の鉱石に支えられ、その特殊性が16世紀の成功につながったと考えられる。

 石見銀山の鉱床は大部分が仙ノ山の地中にある。仙ノ山は約150万年前の火山活動によって火山砕屑物が堆積してできた火山体であり、山体の形成後に生じた温泉活動(熱水活動)によって鉱床が形成された。火山砕屑物が堆積してできた山体としては国内最大級の規模を有する点で、仙ノ山は特殊な地形である。さらに、そこで温泉活動が生じて鉱床を形成していることは、この鉱山を特別なものにしている。

 土砂状の地層中に銀などの成分を含んだ温泉水が浸透したことで、山体上部には立体的な広がりを持った福石(鉱床)が形成された。この鉱床は岩質が柔らかいことと、立体的な広がりを持っているために採掘効率が極めて高い。また、福石は銅をあまり含まず、当時石見銀山に伝わったとされる灰吹法によって銀を取り出すことができた。16世紀段階での技術で銀を生産しやすい鉱山だったことが、石見銀山の成功につながったと言える。

(2)花とギフチョウの山

 大田市の西部には大江高山を最高峰として大小30個以上の溶岩円頂丘が集まり、大江高山火山と称される。火山砕屑物からなる仙ノ山もこの火山の一部である。

 標高808mの大江高山は大田市内では三瓶山に次ぐ高峰で、火山体の浸食がある程度進んでいるために山腹斜面は急傾斜である。この急傾斜のおかげか、この山にはいくつかの希少動植物が生息している。

 特に、ギフチョウの生息地としては、「これほどの個体数が見られる山は国内で他にない。」とまで言われるほどで、蝶愛好家の間ではギフチョウの聖地的な存在である。  植物にも希少なものがあり、島根県固有種の「イズモコバイモ」が多く見られる。この生育地としては川本町が知られているが、大江高山では山中に自然状態で咲く姿が見られる点で貴重と言える。また、ミスミソウも比較的多く見られ、ギフチョウ、イズモコバイモ、ミスミソウが揃う4月上〜中旬は遠方からも多くの登山者が訪れる。

(3)琴ヶ浜の鳴り砂と馬路の湾

 琴ヶ浜は西に鞆ヶ浦の鵜の島、東に松ヶ鼻がせり出し緩やかに弧を描く馬路の湾にある。この湾が大江高山火山の活動によって形成された爆裂火口とする説がある。湾の南に迫る高山と城上山は溶岩円頂丘で、一連の活動による火口ということは十分に考えられそうである。鞆ヶ浦に近い舟津の海中に温泉が湧き出していることも、火口説を支える根拠となっている。一方で、ここからの噴出物が湾の周囲に認められておらず、火口説は確実ではない。

 琴ヶ浜の鳴り砂は大部分が石英粒からなる。石英は岩石を作る主要鉱物の中では最も風化に強く、砂が長時間波で洗われると石英の比率が高くなる。馬路の湾には大きな川がないために新たな土砂が供給されにくく、砂の移動が湾内に限られるという地形的特徴によって砂が長時間滞留して石英砂(珪砂)になる。

 また、砂の供給源の候補として付近に石英砂を伴う地層が分布しており、浜への供給時にすでに石英分に富んでいた可能性がある。

3.グリーンタフ変動の火山

(1)福光石に代表される切石の町

 グリーンタフ変動とは日本列島形成の大地殻変動で、約2500万〜1500年前の頃に生じた。活発な火山活動と共にユーラシア大陸の東縁が裂け、日本海が広がり日本列島が形成された。火山活動は拡大する日本海の海底や海岸部でも活発に生じ、その噴出物は日本海側を中心に東は北海道から西は島根県大田市付近まで広く分布している。

 グリーンタフ変動の火山噴出物は、しばしば緑色の凝灰岩(火山灰がかたまってできた岩石)を伴うことが特徴であることから、この地層の総称として、グリーンタフ(緑色凝灰岩)の名称がつけられた。大田市はグリーンタフ分布の西端であり、この地層が典型的に見られる地域として、地質学的に重要な地域でもある。

 この時代の凝灰岩は大田市内に広く分布しており、各所で石材として切り出されて使われている。建材や石造物の材料として凝灰岩が多用されており、かつてのこの地域は「切石文化の町」だったと言っても過言ではない。小規模なものまで含めると数え切れないほどの石切場が存在した中で、現代も採石が続いているのが温泉津町福光の福光石で、これは典型的なグリーンタフでもある。

(2)あられ石と石こう

 グリーンタフ変動の火山は、大田市に豊富な地下資源をもたらした。近代初頭から高度成長期まで、大田市は国内有数の石こう産地で、松代鉱山(久利町)、鬼村鉱山(大屋町)、石見鉱山(五十猛町)などが稼働した。石こう鉱山は地域の基幹産業であった。

 松代鉱山では、石こう鉱床の周辺に球状のあられ石を産出した。あられ石は方解石(石灰岩)と同質で結晶系が異なる鉱物で、貝はあられ石と方解石を使って殻を作る。大きな結晶を生じることは極めて稀な鉱物で、松代鉱山のあられ石は世界でも他に例を見ない大きさのものである。資源としての価値はないが、小菊を集めたような形が珍重され、現在も久利町を中心にこれを所有している家が多い。

 グリーンタフに関連する鉱物資源としては、大田市内ではゼオライトとベントナイトの生産が現在も続いており、いずれも国内屈指の生産量を誇っている。

(3)波根西と仁万の珪化木

 波根西の珪化木は国、仁万の硅化木は県の天然記念物に指定され、いずれも国内では有数の大きさの珪化木である。

 珪化木とは二酸化ケイ素によって石化した樹木化石で、樹木の形状は留めているが、成分はほぼ完全にメノウや蛋白石(オパール)に置き換わっている。波根西と仁万の珪化木は、いずれもグリーンタフ変動の火山噴出物に埋没している。波根西は土石流、仁万は低温の火砕流か泥流に運搬されて堆積したものである。地層中に埋没した後、二酸化ケイ素に富む温泉水の影響によって成分の置き換えが進み、石化した。

地域資源勉強会(2) 「三瓶山と縄文の森」

1.地域の象徴としての三瓶山

 三瓶山は大田市の最高峰であり、様々な場所から望むことができる。市の象徴(ランドマーク)と言うべき特別な存在で、その特別性は「目立つ」という地形的特徴に加えて、古代以前までさかのぼる日本的な自然観や自然崇拝が関係していると思われる。

 古来、日本列島に暮らした人々は、自然がもたらす恵みに依存して生活してきた。温暖な気候と降雨に恵まれた日本列島は植生の回復力に優れており、豊かな恵みをもたらす一方、災害が多い土地でもある。この環境のもと、自然に対して畏怖と感謝の念を抱く日本的な自然観が生まれ、山や岩、木などの「大きなもの」、「奇異なもの」に対して特別なもの存在(≒神)を感じる自然崇拝が生まれた。目立つ山は特別な存在で、「神が降り立つ場所」、「神がいる場所」に見立てられた。高山を「座」と数えるのはその名残とされる。

 大田の地域にとって、三瓶山は信仰の対象であり、海上交易において目印となるまさにランドマークであった。「新羅の国からサヒメが赤雁の背に乗って・・・」というサヒメ伝承が伝わり、大陸との交易を連想させる。「山が崩れて3つの瓶が転がり出て・・・」という三瓶(みかめ)伝承は、三瓶山そのものへの信仰と農耕の神への信仰として物部神社の祭りなどとつながり、特に静間川、三瓶川の流域にとって三瓶山が古くから信仰の対象であったことがうかがわれる。おそらく、現代は三瓶山を信仰の対象として意識する人はほとんどいないが、根底には長く受け継がれてきた意識があると思われる。

 また、出雲の国引き神話にも三瓶山は登場するが、北山あたりから見ると突出した見え方をするばかりでなく、大社湾へ注ぐ神戸川の水源のひとつとして、「神が座す山」として意識されていたことが考えられる。

2.火山が生んだ山

 三瓶山は、活火山に指定されている火山である。その活動は約10万年前に始まり、約4000年前まで7回の活動期があったことがわかっている。現在の山体は大部分が1万年前以降の火山活動で形成されたもので、1000万年以上をかけて隆起した中国山地の山々に比べてはるかに「若い」山である。中国山地の隆起とは無縁に、火山噴火によって単独で形成された山であるため、ひときわ目立つ独立峰になっている。

 三瓶火山は、過去には「巨大噴火」に相当する大規模な噴火を行った。約10万年前の第1活動期、約7万年前の第2活動期にそれぞれ大規模な噴火を行っており、カルデラを形成している。そのカルデラの範囲は、山裾を取り巻く周回道路の少し外側にあたる。約7万年前の噴火後には、その範囲にクレーター状の巨大な「穴」があり、“三瓶山”は存在していない。現在の山体はカルデラ内で噴出した溶岩でできた「溶岩円頂丘群」である。西の原や北の原の緩斜面部分は、カルデラの穴がその後の噴出物で埋められた場所にあたる。三瓶山の特徴的な山容は、カルデラを持つ火山としての歴史が作り出したものである。

3.縄文時代の自然を伝える森

 三瓶小豆原埋没林は、三瓶火山の活動が作り出した貴重性が高い自然の遺産である。

 埋没林は、過去の森林が根を張った状態で地層中に埋もれた「森の化石」である。原位置を保っていることから、過去の自然環境を示す証拠として、一般的な樹木化石以上の学術的意義を持つ。三瓶小豆原埋没林の場合、幹が立った状態で残っていることが大きな特徴で、このような例は世界的にも極めて珍しい。樹木の大きさは、現在の山林にはほとんどない規模の巨木で、その大きさだけでも驚きを招く存在であり、過去の森林と現在を比較し、自然環境の変遷を考える教材として一級の価値を有している。

 三瓶小豆原埋没林はスギを主体とする森林が埋もれたもので、その大部分が直径1mを優に超える巨木で、2mを超えるものも多い。約4000年前の三瓶火山の活動時に埋没したもので、大規模な土石流による谷のせき止めが発生し、せき止められた部分の森林が土砂中に埋もれることで形成された。一般的に、土石流によるせき止めで一時的に堆積した土砂は、短時間で浸食されて失われることが多いが、ここでは地形的偶然によって浸食を免れ、長い幹が残されている。

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