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大田の自然<三瓶山>

■庄原市高野町に分布する三瓶火山起源のテフラ

「キビ土」と呼ばれる地層について

 庄原市高野町内には「キビ土」と呼ばれる黄褐色の土砂が各所に分布している。「キビ土」の名称は広島県北東部から岡山県北部で使われていて、軽石質の火山噴出物(テフラ※注1)が風化したものを指している。

 キビ土は直径数mmから数cmの粒子が主体で、指先で簡単に押しつぶせるほど脆く、乾燥状態では大変軽い。そのため、 一般的に構造物の基礎地盤や建材としては不適である。一方、空隙にたくさんの水を保つことが出来ることから、ボタン栽培など園芸用の土壌改良材として用いられることがある。園芸用として一般的に販売されている「鹿沼土」は、キビ土と同様に軽石の風化物で、似た性質を持つ。以上のようなキビ土の物性は、その母材である軽石の特徴に由来している。

 軽石は、火山噴火によって地下から噴出されたマグマが発泡して固結したものである。地下深くにあるマグマは地殻を構成する岩石や上部マントル物質が溶解したものである。高圧の条件下にあるマグマ中には、二酸化炭素や水蒸気などのガスが多量に含まれているが、これが爆発的な噴火によって急激に地表に噴出されると、減圧によってガスが一気に放出され発泡する。そして、急冷によって発泡した状態で固結したものが軽石である。そのため、軽石は肉眼で見えるものから電子顕微鏡レベルの大きさのものまで、極めてたくさんの空隙を持っている。

 また、急冷して固結したマグマは大部分が非晶質の火山ガラスである。分子同士が結合して規則正しく配列した結晶と異なり、ばらばらの状態で固結したガラスは風化しやすい。軽石が風化したキビ土は、大変脆く、含水したものを押しつぶすと粘土化する。なお、キビ土中に白色や黒色の粒子が含まれているが、これらは軽石に含まれている鉱物の結晶である。 高野町では、キビ土は段丘上やなだらかな尾根など、比較的平坦な場所に分布している。キビ土が分布している場所では、地表には「クロボク」と呼ばれる真黒な土壌が分布している。クロボクは火山灰地帯でよく見られる土壌で、火山灰の風化物が有機物を吸着するために黒い色を呈すると考えられるが、黄砂堆積物(レス)の影響や、山火事によって作られた微小炭が影響しているとする説もある。

 キビ土が露出している崖面(露頭)を観察すると、キビ土層は2〜3枚の層をなしていることがわかる。また、キビ土と呼ばれるものの他にも複数のテフラ層が認められる。

(注1)「テフラ」 火山噴火によって噴出された固形状の噴出物。軽石(直径2mm以上)や火山灰(直径2mm未満)など。

第1図 庄原市高野町と三瓶火山の位置

写真1 道路沿いに露頭している軽石層
黒いクロボクの下に黄褐色の風化軽石層(キビ土)が分布している。この軽石層は三瓶浮布軽石に対比できる。(中央公民館の北方)

写真2 道路法面に露出した軽石層
礫層の上に風化軽石層が重なる。風化軽石層は複数が重なっていることがわかる。(寸為地区)

三瓶火山の特徴

 「キビ土」の母材となったテフラは、島根県の三瓶火山に由来することが知られている。三瓶火山(三瓶山)は島根県のほぼ中央部に位置し、標高1126mである。高野町の北西部、草峠から西をみると、石見高原面に相当する丘陵地帯から突き出すようにそびえる三瓶山を望むことができる。

 三瓶山は、主峰・男三瓶をはじめとするこんもりとした山容の峰が環状に配列し、その中心に「室の内」と呼ばれるくぼ地がある。室の内には炭酸ガスの弱い噴気がある「鳥地獄」と呼ばれる場所があり、地下では現在も火山としての活動が続いていることがうかがわれる。

 三瓶山の峰は、安山岩と流紋岩の中間的な組成のデイサイト溶岩が固結して形成されたものである。デイサイト溶岩は粘性が高いためにあまり流れず、お椀を伏せたような形状の火山体を形成する。このような火山地形は、トロイデ型火山または溶岩円頂丘と呼ばれる。

 三瓶火山の活動は、約10万年前に始まり、約4000年前までに7回の活動期があったことが知られている。中国地方では最も若い火山で、活火山に指定されている。現在の山体は、日影山と呼ばれる峰が約1万6千年前に噴出した溶岩からなり、これが最も古い。それ以外の峰は、約5500年前と、約4000年前の活動で形成されたものである。約1万6千年前以前の活動では、カルデラを形成するような大噴火を伴ったため、古い山体は残されていない。

写真3 三瓶山の遠景
県境の草峠付近から望む三瓶山。後期更新世から完新世にかけて噴火を繰り返した火山で、孤立した独立峰であることが写真からわかる。

三瓶火山の活動期

・第1活動期(約10万年前)

 三瓶木次軽石(火山灰)や粕淵火砕流堆積物を噴出した巨大噴火を伴う活動を行なった。三瓶木次軽石は、三瓶火山から直線距離で約50km離れた島根県松江市付近で50cm以上の厚さで堆積し、遠くは東北地方でも確認されている。多量の噴出物を伴う大噴火だったことがわかる。なお、高野町ではこの火山灰層は地層としての分布は確認されていない。

・第2活動期(約5万年前)

 三瓶雲南軽石(火山灰)、大田火砕流堆積物を噴出した巨大噴火を伴う活動を行なった。大田火砕流堆積物は、10キロメートル以上離れた島根県大田市の海岸部で20mを越える厚さで分布している。これほど多量の火砕物を噴出したことで、直径約5kmの陥没(カルデラ)を生じた。カルデラはその後の噴出物によってほぼ埋積されているが、南山麓ではカルデラ壁が断片的に残存している。

・第3活動期(約4.6万年前)

 三瓶池田軽石(火山灰)を噴出した大噴火を伴う活動を行なった。この活動期までに噴出された溶岩は残存しておらず、現山体はこれより新しい時代の噴出物で構成されている。

・第4活動期(約19000年前)

 三瓶浮布軽石(火山灰)を噴出した大噴火を伴う活動を行なった。この時に噴出された溶岩は、三瓶山の峰のひとつである日影山を構成している。浮布火山灰は東南方向に分布の主軸を持ち、広島県北部から岡山県北部に厚く堆積している。黄色く風化した軽石が特徴で、三瓶山麓では「馬ふん」の通称で呼ばれる。

・第5活動期(約11000年前)

 比較的規模が小さな噴火を行なった活動期で、細粒な火山灰が三瓶山の周辺に分布している。

・第6活動期(約5500年前)

 溶岩ドームの形成とその崩壊に伴う火砕流を繰り返すタイプの活動を行い、三瓶角井火山灰などを噴出した。角井火山灰は岩片を主体とする火山灰で、灰色のデイサイト岩片が多いことが特徴である。第4活動期までとは異なり、多量の噴出物を空中に放出する大噴火は伴わず、三瓶山から30km以遠で火山灰の分布が確認された例は少ない。

・第7活動期(約4000年前)

 溶岩ドームの形成とその崩壊に伴う火砕流を繰り返すタイプの活動を行い、三瓶太平山火山灰などを噴出した。三瓶太平山火山灰は岩片を主体とする火山灰で、第6活動期の噴出物と区別がつかない。また、第6活動期と同様に、遠隔地で火山灰の分布が確認された例はすくない。 なお、この活動期の噴出物によって、三瓶山麓の巨木林が直立状態で埋積され、三瓶小豆原埋没林が形成された。

※活動期の年代について、第2活動期、第3活動期、第4活動期を従来は約7万年前、約3万年前、約1.6万年前としていましたが、近年の報告にもとづいてそれぞれ約5万年前、約4.6万年前、約1.9万年前に訂正します。

第2図 代表的な露頭の位置

写真4 代表的な露頭の遠景
この露頭では三瓶火山起源の5枚の火山灰層と姶良Tn火山灰の降灰層準(肉眼では見えない)が認められる。(和南原農地開発地北部)

写真5 クロボク中に挟まれる火山灰層
わずかに明るい部分が火山灰層で、三瓶太平山火山灰(上)と三瓶角井火山灰(下)の2枚が認められる。(和南原農地開発地北部)

写真6 雨で洗われた軽石層
三瓶浮布軽石層は大粒の軽石が密集していている。軽石は風化していて、指先で容易につぶれる。レンズキャップは直径6cm。(和南原農地開発地北部)

写真7 二次堆積した軽石層
降下堆積した三瓶浮布軽石が河川水流で運ばれて二次的に堆積した地層。流水条件で堆積したことを示す斜交葉理が発達している。(上湯川地区)

写真8 段丘礫層の上に重なる火山灰層
基盤岩の閃緑岩にかつての河岸に堆積した礫層が重なる。その上に火山灰層が重なっている。ここでは三瓶浮布軽石の直下に姶良Tn火山灰が肉眼で認められる。(高暮地区)

写真9 軽石層の断面
キビ土層(軽石層)は厚いものが2層あり、これは下位のもの。三瓶池田軽石に相当する。ねじり鎌の長さは約25cm。(和南原農地開発地北部)

高野町内に分布するテフラ層

 肉眼で地層として認められるテフラ層は、第3図のように対比することが出来、少なくとも6枚ある。ここでは便宜的に、上から順にT1テフラ〜T6テフラと呼び、それぞれの特徴を述べる。

第3図 テフラ層序の柱状図

・T1テフラ

 クロボク中にあり、厚さは十センチ未満。不明瞭な地層で、ぼんやりとした色調の違いとして認められる。土壌化に伴うかく乱によって、連続性がわるく、露頭によっては認められない。 直径2mm以下の粒子が主体で、斜長石、角閃石、黒雲母の結晶およびこれらを含む岩片からなる。

・T2テフラ

 クロボク中にあり、厚さは十五センチ程度。境界が不明瞭であるが、クロボクが厚く分布している露頭では確認できることが多い。直径2mm以下の粒子が主体で、まれに五ミリ程度の軽石を含む。斜長石、角閃石、黒雲母の結晶およびこれらを含む岩片からなる。

写真10 T2テフラの粒子
水洗し、フルイ分けによって74〜125μの粒径のものを抽出したもの。以下の火山灰写真は同じ操作を行なったもの。
無色透明〜白色の斜長石結晶が多く含まれている。黒色の粒子は角閃石が多い。背景白色。

・T3テフラ

 クロボクの下にあり、厚さは1〜2m。キビ土と呼ばれるものである。直径2cm以下の軽石からなり、まれに5cm程度のものを含む。軽石は良く発泡して軽い。風化して黄褐色を呈しているが、軽石の組織は良く残っていて、比較的しっかりしたものも含まれる。斑晶鉱物として、斜長石、角閃石、黒雲母、鉄鉱物などが含まれる。

写真11 T3テフラの粒子
黒色で長柱状の角閃石の結晶が目立つ。無色透明〜白色の粒子は大半が斜長石。背景白色。

・T4テフラ

 ごく不明瞭な厚さ10cm未満の地層として認められることもあるが(地点1)、肉眼では識別できないことが多い。肉眼で識別できない地点でも、T3テフラ直下の古土壌中に火山ガラスの密集部分としてその層準を特定できる。粒子は直径0.5mm未満の中〜細粒砂サイズで、大部分が無色透明な火山ガラスからなる。火山ガラスはバブルウオール型である。

写真12 T4テフラの粒子
無色透明の火山ガラスが多く含まれる。本来、姶良Tn火山灰は大部分が火山ガラスからなるが、土壌化を受けて他の粒子が多く混入している。背景黒色。

・T5テフラ

 厚さは0.5〜2m。 キビ土と呼ばれるものである。T3テフラとの間には厚さ0.5mほどの茶灰色の古土壌がある。直径0.5cm以下の粒子が主体で、軽石は風化が進んでほとんど粘土化している。地層の最下部に厚さ5cm前後の細粒部がみられる。斑晶鉱物として、斜長石、角閃石、黒雲母、鉄鉱物、石英などが含まれる。

写真13 T5テフラの粒子
黒色で長柱状の角閃石の結晶が目立つ。無色透明〜白色の粒子は大半が斜長石。背景白色。

・T6テフラ

 厚さ0.2〜0.7m。キビ土と呼ばれるもののなかでは最も薄い地層である。T5テフラとの間には0.2mほどの茶灰色の古土壌がある。直径0.5cm以下の粒子が主体である。斑晶鉱物として斜長石、角閃石、黒雲母、鉄鉱物、石英などが含まれる。T3、T5テフラと比べて、無色鉱物の斜長石、石英の比率が大きい。なお、T6テフラの下位にはテフラ層は認められないが、下位の古土壌を構成する粒子にはテフラ起源とみられる斜長石や角閃石の粒子が多量に含まれていて、土壌の母材にT6テフラより下位にあたるテフラが影響していることが推定できる。

写真14 T6テフラの粒子
風化したスポンジ状の火山ガラスが多く含まれる。鉱物では斜長石が多い。背景白色。

テフラ層の起源について

 高野町内に分布するテフラ層について、層序とそれぞれの特徴から、その起源を推定すると次のようになる。

・T1テフラ(三瓶太平山火山灰)

 デイサイト質の岩片を多く含むなどの特徴と、下位に同質のT2テフラが存在することから、三瓶太平山火山灰に対比できる。

・T2テフラ(三瓶角井火山灰)

 デイサイト質の岩片を多く含むなどの特徴から三瓶角井火山灰に対比できる。同火山灰と三瓶太平山火山灰は、鉱物組成に違いがないことから、いずれかのみ単独で分布している場合には識別は困難であるが、ここでは二枚とも認められることから層序的に対比できる。

・T3テフラ(三瓶浮布軽石)

 軽石の形状的特徴と鉱物組成から三瓶浮布軽石に対比できる。

・T4テフラ(姶良Tn火山灰)

 火山ガラスの化学組成※注2およびその形状的特徴から、姶良Tn火山灰に対比できる。姶良Tn火山灰は鹿児島県の姶良カルデラが27000年前頃に起こした巨大噴火に由来する火山灰で、ほぼ日本全域で分布が確認されている広域テフラである。

・T5テフラ(三瓶池田軽石)

 鉱物組成と層序から三瓶池田軽石に対比できる。

・T6テフラ(三瓶雲南軽石)

 鉱物組成と層序から三瓶雲南軽石に対比できる。
 このテフラの下位に存在するテフラ起源の物質については、層序から三瓶木次軽石に由来する可能性が高い。三瓶木次軽石は噴出量は多いが、分布域が北に偏っているため、高野町では堆積量が少なかったと推定できる。

(注2)島根大学総合理工学部の澤田順弘教授に分析して頂いた。

参考文献

松井整司・井上多津男(1971)三瓶火山の噴出物と層序.地球科学、25、147-163。

町田 洋・新井房夫(1992)火山灰アトラス―日本列島とその周辺。276p。

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