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■琴ケ浜(大田市)

砂が鳴る浜

 白い浜が緩やかに弧を描き、海の青さを引き立てる琴ヶ浜。右の岬には青みがかった岩肌が見え、左の岬の向こうには石見銀山の銀を積み出した鞆の港があります。

 砂が音を奏でる「鳴砂(注1)」の琴ヶ浜(大田市仁摩町)は、音の鳴り具合と範囲は日本国内で屈指の存在で国の天然記念物に指定(2017年指定)されています。よく晴れた日に浜を歩くと、砂を踏む足を砂が押し返すような抵抗感を感じ、足下から「キュッ」あるいは「ググッ」と聞こえます。両手で砂をすくってこすりあわせるようにすると甲高い音を奏で、浜の表面を手で素早くこすってもやはり音を奏でます。

 鳴砂の成立にはいくつもの条件が揃う必要があり、全国でもよく鳴る浜は数十箇所程度とされます。どうして琴ヶ浜の砂は良く鳴るのでしょうか。この地の大地の歴史を探るとその理由が見えてくるかも知れません。

(注1)琴ヶ浜では「鳴り砂」と呼ばれますが、全国では「鳴き砂」と呼ばれることも多く、共通表記として「鳴砂」が使われます。英語では「sounding sand」。

琴ヶ浜の砂

 琴ヶ浜は東の松ヶ鼻、西の鞆の鵜ノ島の岬に囲まれた半円形の湾にあり、東西約1.4kmの長さがあります。浜のほぼ全域が鳴砂で、これほど広い範囲が鳴る浜は国内では他にないと言われます。

 浜の砂は白く、浜のどこで見ても砂粒の大きさはほぼ同じです。直径は0.3〜0.5mm前後で、砂の粒径区分では「中粒砂」に区分される大きさです。この砂を高倍率のルーペや顕微鏡で見ると透明な粒が多く、ある程度丸みをおびた形をしています。透明な粒は「石英(注2)」という鉱物で、琴ヶ浜の砂は70%前後が石英です。

 岩石は鉱物の集合体(鉱物1種の岩石もあります)で、石英は岩石を作る鉱物の中で量的に多く、さまざまな岩石に含まれるもの(このような鉱物は「主要造岩鉱物」と呼ばれます)のひとつです。透明で美しい結晶形をしている石英は「水晶」と呼ばれて、こちらの名前の方が馴染み深いかも知れません。石英が半分以上を占める琴ヶ浜は、「水晶の浜」と言っても過言ではないでしょう。

 石英は一般的な鉱物の中では硬く丈夫で、風化に強い特徴があります。風化とは岩石鉱物が風雨などにさらされることで変質してもろくなる現象です。風化に強いために、砂が長時間波で洗われ続けるうちに他の鉱物は風化で失われても石英が残り、その割合が高くなります。砂漠地帯など同じ砂がきわめて長い時間滞留している場所では、石英の割合が圧倒的に高くなることがあります。琴ヶ浜も長く波で洗われて石英の割合がかないり高くなったものです。このように石英の割合が高い砂は「珪砂」と呼ばれてガラス原料などに使われる資源になります。

(注2)石英は二酸化ケイ素(SiO2)からなる鉱物で、玉髄(メノウ、碧玉)も成分は同じです。

琴ヶ浜の地形

 琴ヶ浜は北西に向いた半円形の湾にあり、湾の東には松ヶ鼻、西には鞆(鵜ノ島)が崎として突き出ています。
遠浅で、浜とほぼ同じ砂が数百m沖の海底まで続いています。

 浜のすぐ背後には馬路の集落が接しています。鳴砂海岸に集落が接することも珍しく、馬路の集落は緩やかな傾斜地に密集して形成されています。 集落の南側は次第に傾斜が急になり、背後には馬路高山と城上山が迫ります。この山は大江高山火山の一角をなす火山で、200万年前以降の火山活動によって形成された溶岩円頂丘(注3)です。ふたつの山が中国山地の奥側から流れ出る川をさえぎる形であるために、琴ヶ浜に流れ込む川は数本の小河川があるのみです。

 突き出た崎に囲まれているために沿岸流による側方からの土砂供給がなく、砂は湾内で循環していると考えられています。川の影響が小さいために山地からの土砂供給も少なく、長時間、湾内で波に洗われ続けている砂が大部分であるために、石英の割合が比較的高い砂が維持されていると推定されます。

(注2)溶岩円頂丘は粘り気が強い溶岩が噴出してできるこんもりとした火山地形です。高山はデイサイト溶岩でできています。

琴ヶ浜周辺の地形図

琴ヶ浜周辺の地形。白い破線は琴ヶ浜に流れる川の集水範囲を示す。

海から見た琴ヶ浜と高山、城上山

海から見た琴ヶ浜。奥の高い山が高山(馬路高山)で右隣が城上山(灘の高山)。高山の下にある高架は山陰道。

砂がぶつかりこすれ合う

 ガラス玉(ビー玉)がこすれ合うと甲高い音を発します。琴ヶ浜の砂を踏んだりこすり合わせた時には、これと同じようなことが起こっていると考えられます。硬い石英がこすれ合う時に音が発生しているのです。

 しかし、小さな砂粒が発する音はとても小さく人の耳で聞き取れるものではありません。ところが、たくさんの砂粒が一斉に音を出し、それが合わさると聞こえる大きさになります。その原理ははっきり分かっていない部分がありますが、“砂がこすれ合う時に生じた音が重なり合い、大きな音になる”ことが基本です。

 音は空気の振動(波)です。同じ周期の波が重なり合うと波が大きく(強く)なる現象(共鳴現象)があります。琴ヶ浜の砂は粒の大きさがそろっており、同じ周期の波を発生させます。たくさんの砂が発する音の波が重なることで、人の耳で聞き取ることができる大きさの音になります。共鳴だけでなく、振動が他の粒に音を発生させる共振現象も関係しているとも考えられています。

汚れが大敵

 琴ヶ浜の砂を器に入れて幾度も鳴らしていると、しばらくすると音が出なくなります。砂がこすれ合う時に発生した極めて小さな粒が砂の表面に付着するために音が出なくなるのです。

 鳴砂の浜が成立する条件のひとつに、砂(浜)に粘土分や油などの成分が少ないことがあります。石英の割合が多い、粒の大きさがそろっているなどの条件を満たしていても、砂の表面に付着物があると音を発しません。

 琴ヶ浜では波が砂を洗うことで砂が鳴る状態が保たれています。波打ち際から遠い場所では音を発しないことが多く、波打ち際に近くて乾いている砂は良く鳴ります。大時化で浜全体が波で洗われた後は全体に良くなりますし、穏やかな天候が続いて砂が波に洗われない日が続くと音が鳴る範囲が狭くなります。

川と琴ヶ浜

 琴ヶ浜の砂が鳴ることは、川と深い関わりがあります。砂粒の種類(鉱物、岩石の破片)と粘土分に川が関係します。

 琴ヶ浜に流れる川は小さく流れが緩いものだけです。流れが強く、土砂を運搬する力が大きな川が浜に影響を及ぼすと、さまざまな大きさや種類の粒子が浜に供給されます。すると、石英以外の砂粒の割合が高くなる、角張った砂粒が多くなることで発しない、粒の大きさがまちまちにことで共鳴しにくくなるという状態が生じます。小さな川しか影響しない琴ヶ浜では、浜にある砂が長時間繰り返し波にさらされることで石英の割合が高くなっていて、新しい砂の供給が少ないと考えられます。

 川が粘土分を大量に供給して、それが浜の砂粒の間に残る場合も砂は鳴らなくなると考えられます。川の影響が小さいことは、琴ヶ浜の鳴砂にとっての「幸運」です。

 琴ヶ浜に流れ込む川が水を集める範囲(集水域)をみると、背後に高山(馬路高山)と城上山が迫っていることで水を集める範囲が狭く、内陸側から流れる大きな川の影響を受けない地形になっています。この山はおよそ200万年前以降に活動した大江高山火山の一部で、この位置に山ができたおかげで、琴ヶ浜は川の影響を受けにくい地形になっているのです。

 また、高山の琴ヶ浜側の山麓には火山性の堆積物と海岸段丘、古砂丘の堆積物があり、これらは水がしみ込みやすい地盤のために降雨時に川の流量が一気に増すことを防ぐ役割を果たしていると考えられます。このことも浜への土砂供給の軽減に影響する可能性があります。

石英砂の供給源

 石英砂の供給源はいくつか考えられます。

過去10数万年間の海面変動によって海岸の位置自体が大きく変化しており、約2万年前の低海面期には海岸が数km沖側にあった時期もあります。海岸の位置に応じて移動する砂も多いため、現在の地形から想定される供給源以外からの砂供給もあり得ます。少なくとも、海岸がおおむね現在の位置になった1万年前以降に発生した(陸地から削り出された)砂ばかりではないと言えます。

 現地形の中で供給源を想定すると、浜の背後に存在する古砂丘、周辺に分布する新第三紀中新世の凝灰岩(およそ1600〜1500万年前の火山噴出物)、新第三紀鮮新世(一部は第四紀)の堆積岩(およそ200万年前の地層。都野津層)中の砂層、馬路高山、城上山の火山噴出物(200万年前以降)が考えられます。浜の背後の古砂丘は、琴ヶ浜の砂とよく似ており、これが再移動して浜にもたらされた砂が相当量あると思われます。凝灰岩は比較的石英を多く含んでおり、古砂丘からの供給量に比べると少ないものの、供給源になり得ると思われます。

 鮮新世の堆積岩は、最上部に石英砂(珪砂)を伴っており、ある程度長い(数万年)の時間で考えるとこれも十分に供給源になり得ます。古砂丘の砂の供給源としても有力です。馬路高山、城上山の噴出物は、古砂丘などに比べると供給量は少ないと思われますが、ある程度は影響しているでしょう。
これらの砂が海岸に供給され、湾内で洗われて現在の砂が成立していると思われます。

均等に打ち寄せる波

 琴ヶ浜は延長約1.4kmのほぼ全域が音を発することが大きな特徴です。これは、浜の全体が同じような砂で構成されていて、波で洗われる条件もほぼ同じであることを意味しています。

 浜は場所によって礫が多かったり、粗い砂、細かい砂に分かれていることが少なくありません。これは影響する波の力が場所によって違うためです。琴ヶ浜の均質な砂は波の影響が全域でほぼ安定していることを意味し、半円状で遠浅の湾の地形が均等な波をもたらしていると考えられます。極端に強い波によって砂が沖に運ばれてしまわないことも、この湾の地形のおかげと言えます。

 琴ヶ浜の東西の海岸は複雑に入り組んだリアス海岸で、その範囲の中でここだけが広く例外的な地形です。この地形の成り立ちに大江高山火山の火口のひとつ(マール)と考える説があります。高山の北斜面から琴ヶ浜にかけては馬蹄形の緩斜面になっており、火山体が崩壊をおこした後で堆積物に覆われた地形のようにも見えます。琴ヶ浜の半円形の地形の成因には、火山としての高山(大江高山火山)が少なからず関係していると思われます。

琴ヶ浜に打ち寄せる波。なだらかな傾斜の浜に波が広がります

離岸沈水堤の効果

 琴ヶ浜は波打ち際から70〜80m沖の水中に防波堤防(沈水堤)が設置されています。この沈水堤は砂浜の侵食防止と鳴砂の状態を保つ効果を発揮していると考えられます。

 以前、琴ヶ浜では砂浜の縮小が問題になり、1960年代から1970年代にかけて離岸堤が設置されました。この時は水面上に現れた通常の防波堤でした。この離岸堤の設置後、砂浜の侵食は止まりましたが、砂の量が増加したことで集落への飛砂の影響が大きくなり、人家の屋根にまで堆積する事態が発生しました。

 同時に砂が音を発しなくなり、波の力が弱まったことによって砂の循環が鈍くなり、波に洗われていない砂が浜に滞るようになったことが原因と推定されました。

 対策として、1970年代後半に離岸堤を頂部の高さが水面下1m程度の沈水堤に変更し、離岸流により砂が沖へ運ばれることを防ぎつつ、波は浜に達する構造とされました。その後、砂の音が回復し、浜の広さもほぼ安定しています。

 当時、琴ヶ浜は天然記念物等の指定がされておらず、鳴砂としての保全対策を行う法的な後ろ盾はありませんでした。一般的な海岸保全事業として行われた対策工事を鳴砂の回復にまでつなげたことは、担当者らの工夫と苦労のおかげと思われます。

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